大田禰子神社(若宮神社)|大神神社摂社|磐座に祈る「御誕生所社」は安産のパワースポットである!
大神神社の二の鳥居前から、北に向かって進んだ突き当たり、綺麗な青い「神額」が特徴の鳥居が見えてくる。こここが大田禰子神社だ。大神神社の祭神であるところの大物主大神の御子神を祀る社であるからして若宮神社ともいう。
若宮神社について
若宮神社 概要
- 所在地 奈良県桜井市大字三輪字若宮
- 電話番号 0744-42-6633
- 創建年 不明
- 社格 なし
- 公式HP http://oomiwa.or.jp/
若宮神社 アクセス
MAP
最寄り駅
- JR桜井線「三輪駅」徒歩5分
駐車場
- あり(無料)大神神社の駐車場を利用
若宮神社の祭神
主祭神は、前述の通り「太田田根子命」。配神に「少彦名命」と「活玉依姫命」を祀る。
大田禰子命(大田田根子命)
崇神天皇の御代に、疫病が大流行。このとき、大物主大神が現れて崇神天皇に言った。「もっとちゃんとワシを祀れ!不義理者めが!しっかり祀れば、この疫病を鎮めてやろう!」加えて言います。「ただし、我が子孫の大田田根子に祭主をさせること!わかったか!」
大田田根子は懸命に祈り、その甲斐あって疫病は治まったという。
活玉依姫命
活玉依姫命は、大変な美人。立派な身なりの男が毎晩のように通ってきては早朝帰っていく。そうこうするうち、とうとう妊娠。男の衣服に糸を縫いつけて、どこの誰だか調べることにした。そうとは知らず、今宵も事を終えて男は帰る。翌朝、鍵穴から出て行く糸を辿っていくと、三輪山の社に到達した。なんとびっくり、あの男は大物主大神だったのである。
日本書紀では、このときのお腹の子供が「大田田根子命」だとしており、古事記では、その子の3世後の子孫としている。ややこしい。
若宮神社の創建
奈良時代、大神神社の神宮寺として創建されたと伝わる。
奈良時代は「大神寺」、鎌倉時代は「大御輪寺」と称した寺院であった。すなわち神仏習合である。国宝の十一面観音と太田田根子命が併祀されていたという。
明治の神仏分離政策で、聖林寺に分離され「大田禰子神社」となるのだ。
大田禰子神社 参拝記録
大神神社の二の鳥居前を北へ進む。目印は「そうめん處 森正」だ。この店には何度も入ったことがある。中庭などあって、なかなかに雰囲気がいい。お料理も洒落ている。
森正の前を通って真っすぐいくと、その突き当りに鳥居が見えてくるだろう。
正面に鳥居、右手に大きな杉の切り株がある。この切り株は三輪の七杉の一つである「苧環の杉」だ。
苧環の杉
若宮神社の鳥居の横には、大きな杉の切り株がある。三輪の七本杉のひとつ「苧環(おだまき)杉」の古株だ。
『古事記』にあるご祭神と活玉依姫(いくたまよりひめ)の神婚譚で、姫が糸巻きの糸をたよりに三輪山に至った時に、糸がこの杉のところで終わっていたとされる伝説の杉。緒環(おだまき)とは糸巻きのこと。
大神神社HPより
三輪の七杉
大神神社周辺にあった七本の大杉を三輪の七本杉と呼んでいた。根株が現存しているものは3本で
- 「苧環杉」
- 「しるしの杉」(大神神社内の手水舎にある。)
- 「衣掛け杉」(大神神社内の手水舎前から拝殿に向かって右に入ったところにある。
以下の4本は、落雷などで焼失してしまったりと、現存していない。
- 「燈明杉」
- 「二本杉」
- 「飯杉」
- 「伐掛杉」
本殿
通常の神社は、手前に拝殿があり、次に幣殿、そして奥に神殿があるのだが、こちらは、神殿がない。もしかしたら中に神殿があるのやもしれぬが、見る限り、千木や聳え立つ神殿はない。まるで寺院の本堂のような様式の本殿である。
二拝二拍手一拝。
安産の神「御誕生所社」
社殿に向かって左側に「御誕生所社」がある。磐座をご神体としており社殿は設けられていない。ご祭神は「鴨津美良姫命」。安産の守護神だ。
この鴨津美良姫命が大田田根子の母親であるという説もあり、さらにややこしくなってくるんで、考えないことにする。
琴平宮
社殿に向かって右側奥に「琴平宮」がある。ご祭神は「大物主大神」。
前述の話からすると、大田田根子命のお父さんか、高祖父にあたる。のだが、「琴平宮」の社名からして、大神神社からの勧請ではなく「金比羅宮」からの勧請なのであろう。ややこしい。
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