奈良町天神社|奈良|二柱の天神様が、奈良町を見下ろす。

2020年12月30日

奈良町天神社は、奈良市高畑町の小高い丘の上に鎮座する。正式名称は天神社。

境内は、古い町並みの中に古民家カフェやギャラリーが隠れ家のように点在する観光スポット「ならまち」を見下ろすことができる気持ちのいい場所だ。

この丘陵一帯は、かつて、平城なら飛鳥あすかと呼ばれた聖地であったという。それは、平城遷都に際して、この丘陵の先端部に飛鳥神奈備社のご分霊を遷し奉ったからだ。

今、その地には瑜伽ゆうが神社が鎮座しているので、当社参拝の折には瑜伽ゆうが神社も併せてご参拝頂きたいと思う。

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奈良町天神社について

奈良町天神社概要

  • 所在地    奈良県奈良市高畑町1049
  • 電話番号   0742-22-1602(常駐はしておられない)
  • 主祭神    少彦名神、菅原道真公
  • 社格     村社・神饌幣帛料供進社
  • 公式HP    なし

奈良町天神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • 近鉄奈良線 近鉄奈良駅 徒歩18分
  • JR大和路線 奈良駅 徒歩27分
  • 東大寺参道入り口 徒歩10分

車でのアクセス・駐車場

  • アクセスに問題なし
  • 駐車場なし

駐車場はないが、神社の南1分のところに ”OnePark高畑町” というコインパーキングあり。このパーキングはすばらしい。平日24時間500円という良心的な価格設定のみならず、ここを拠点にして、瑜伽ゆうが神社・頭塔づとう、さらには浮御堂・志賀直哉邸にまでも行けるという、まさに戦略的好立地と呼ぶに相応しいパーキングなのだ。

奈良町天神社の祭神

祭神は、少彦名命すくなひこなのみことと菅原道真公である。

少彦名命

大国主命の相棒として、大国主命の国造りに協力した神として、日本の神話に登場する神様。ガガイモの実を船にして海を渡ってきた小さな小さな神様と描かれている。

親神は、古事記では神産巣日神かみむすびのかみで、日本書紀では高皇産霊神たかみむすびのみこと(日本書紀)。いずれにしても造化三神の子神であるからして、天神あまつかみである。しかも、とんでもなく格の高い。

だからして、少彦名命は天神あまつかみと呼ばれることもあるわけで、少彦名命を祀る神社は、”天神” を祀る神社だから”天神社あまつかみのやしろ”。すなわち天神社てんじんじゃ。実にシンプルである。

菅原道真公

説明するまでもなかろうが、冤罪によって左遷され、太宰府で非業の死を遂げた稀代の大秀才である。死して天満大自在天神という雷神になり、朝廷に厄災をもたらす怨霊となった人だ。

この怨霊を鎮めるために創建されたのが天満宮。神として祀られた道真公は、強力な怨霊から御霊に昇華、厄災から守護してくれる神として、全国津々浦々に祀られることとなる。天神信仰だ。この場合の天神は、天満大自在天神の”天神”。

少彦名命の”天神あまつかみ”と通じるので、天神社に道真公が合わせ祀られることが多かった。大阪の露天神社も同じく。

「庇を貸して母屋とられる」という諺があるが、まさにそのパターン。天神社はいつしか道真公を祀る神社へと変貌していく。当社の神紋が梅紋であることが、その証拠と言えよう。

奈良町天神社の創建

平城京が都だった奈良時代に、少彦名命を祀る社が造営された。少彦名命には”手間天神てまのあまつかみ”という別名があったので、手間天神社てまてんじんのやしろと称されたという。それが当社の創建と伝わる。

平安時代に入り、菅原道真を祭神とする天満宮が各地に建てられるようになったので、当社にも相殿を建てて菅原道真公を祀ったと伝えられている。白河天皇の御代で、社伝では1078年という。

奈良町天神社のご利益

神社発表によると、国家安泰・家業繁栄・学業成就・技能研鑽とのこと。

私は、少彦名神のご神徳から、病気平癒、産業振興のご利益も頂けるものと考える。

 

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奈良町天神社 参拝記録

前述した、素晴らしい立地にあるパーキングに車を停めて、細い坂道を登っていく。パーキングから鳥居が見えるから迷うことも無かろう。

目の前に児童公園があり、その裏手の絶壁の上が神社境内だ。

こんな坂道を登っていくことになるが、心配は御無用。景色が開けてくるから気が紛れ、メタボの私でも、あっという間に頂上に着くことができた。

かっこいい鳥居

やや西に振った南向き。立派な鳥居である。私は、このような短く太い柱が大好きだ。欲を言えば、朱塗りではない方が、なお良いが。。。

細く長くもいいかもしれない。しかしである。男としては、太く短く濃密なままにスパッと一生を終えたいと思うのだ。

「そういう人ほど、未練たらしく、廻りに迷惑かけながら生き残るのよ、、、」といわれたことがあった。。。

そんなことは、どうでもいい。

神門

神門の中に拝殿が見える。蟇股かえるまたには梅紋が輝く。これだけで道真公が祀られていることが判る。

右柱に「天満 天神社」との社号が掲げられている。

「天満=道真公・天神=少彦名命」という意味なのだろうか。

それとも、前述した、手間天神社てまてんじんじゃの「手間てま」が、1000年の間に「天満てんま」に取り違えられてしまったものか。わからない。

癒しの ”臥牛”

コミカルな漫画チックな臥牛が、狛犬の代わりにお出迎えだ。主神を守っているというよりは、「いらっしゃいませー!」という感じがする。目なんかを見ていると、癒されるのである。

祓戸社

拝殿に向かって右手に祓戸社がある。

参拝者が最初に立つべき場所はここである。身に付いた罪や穢れを祓っていただいて、綺麗になってから本殿の前に立つ。これが祓戸社の機能だからだ。

しかし、初参拝だと、ここに祓戸社があることに気が付かないかもしれない。そういう意味では、動線上にお祀りして欲しかった。。。

拝殿

神門や本殿、境内に祀られている祠、どれもが朱塗りであるのに対して、拝殿だけが枯れた趣である。

それでいい。私は枯れた感じの社殿が好きなのだから。

二拝二拍手一拝。少彦名命に、コロナ退散を祈願する。

ここで思った。日本人全員がコロナ退散を神に祈れば、ひょっとして本当に退散するんじゃないかと。。。

分散参拝を訴えるのも良いが、神社庁には、「皆んなでコロナ退散を祈ろう!」みたいなスローガンを掲げて頂きたいものである。

江戸時代が終わるまで、そのようにして疫病を退散させてきたんですから。

本殿

綺麗な本殿。榊も新しい。

神職さんは常駐ではなさそうだが、キチンとされているようだ。

境内社のご紹介

小さな境内だが、境内社が幾つかある。

浅間社

拝殿の左側から朱色の瑞垣内に入ると正面に鎮座するのが浅間神社。祭神は木花咲耶姫このはなさくやひめを祀る。

浅間神社は、本来的には富士山の噴火を鎮めるために祀られた神社だが、ご祭神は燃え盛る火の中で三人の男の子を生んだ女神であるがゆえに、子宝・安産・子孫繁栄のご利益を期待したい。

 

秋葉社

本殿の真裏を通って反対側に出ると秋葉社が鎮座している。祭神は火之迦具土神ひのかぐちちのかみという火の神。ご利益は防火。

火の神が生まれたことで、母神であるイザナミは陰部に重篤なヤケドを負う。そして、それが元でイザナミは亡くなってしまった。そういう意味では、火の神は親不孝な神とも言えよう。

がしかし、火の神が生まれたという事象は、人が火をコントロールできるようになったことを象徴している。人類が文明を手に入れる第一歩を踏み出した象徴とも言えよう。

とすれば、それは、人が生活を営む上で、神に頼らなくてもいい領域が飛躍的に拡大したことをも意味する。だから、神が神を生む神生み神話の最後に火の神は生まれたのだ。

などと、考えたりしながら、コロナ退散を祈る。

稲荷社

一段低い場所に池があり、その周辺に末社が3つ。

一番手前に鎮座するのが稲荷神社。祭神は宇賀御魂神。商売繁盛の神として有名である。

柿本社

池の左に柿本社。柿本人麻呂を祀る。

柿本氏は、天理市櫟本あたりを本拠とした古代豪族和珥氏の流れを汲む氏族。春日氏も同じ。

住吉社

東の端に鎮座するのが住吉神社。底筒男神・中筒男神・表筒男神の住吉三神を祀る。

頭塔

奈良町天神社の境内から、西を見ると「ならまち」の街並みを見下ろし、遠くに青々とした矢田丘陵が、その奥には一際高い生駒山が見える。なかなかの見晴らしだ。

で、反対側を見ると、、、こんなものを発見することができるだろう。

わかるだろうか。小さな斜めの庇がいっぱい取り付けられた階段状の造形物。この、まるでピラミッドのような不思議な造形物は、頭塔という仏教施設らしい。

いろんな説が飛び交ったようだが、現代の科学的な分析によると、奈良時代の末期に建造された、インドの様式の土塔であということが判ったらしい。

庇の中には、浮彫の石仏が安置されているらしい。見学しようと思い、受付の表具屋さんまで行ったが、残念なことにお留守。見学することは叶わなかった。

これにて、奈良町天神社を後にしよう。次は瑜伽ゆうが神社に参拝だ。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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