服部天神宮|豊中|秦氏の氏神様は医薬と足の神。

2017年5月16日

大阪府豊中市服部元町。かつての能勢街道沿い、服部天神駅の飲食店や住宅が密集する地域にひっそりと鎮座する「服部天神宮」。

「天神宮」とあるからには「学問の神様」と思いきや、それだけではない。こちらは「足の神様」として有名である。

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足の神様 服部天神宮について

服部天神宮の祭神

「天神」(てんじん)というと、2柱の神を思い浮かべるだろう。天神(てんしん):少彦名命と、天満大自在天神:菅原道真公である。

服部天神宮には、この2柱の神が祀られている。

少彦名命(すくなびこな の みこと)

古事記では、神皇産霊神の子神とされ、日本書紀では高皇産霊神の子とされる。いずれにしても天地の始まりのときに現れた神々「造化三神」の子である。

ガガイモの船に乗って海の彼方からやってきた小さな小さな神とされており、大国主命の名参謀として国造りに活躍する神だ。

海の彼方からやってきたというところから、元々は渡来系の神であったとする説もある。

菅原道真公

平安時代の貴族で政治家。実力で右大臣まで昇りつめた大秀才であり、それが学問の神様といわれる所以だ。しかし、ライバルの讒言によって福岡の大宰府に左遷。ほどなく死去した悲運の人である。

死の前にして拝天山に登り、自らの潔白を宣言した祭文を読み上げると、天満大自在天神」と尊号が書かれた祭文が下りてきたという。この時点で神となったのだろう。

その怨念は凄まじく「祟り神」となった。「日本三大怨霊」の一人とされているほどである。(他、崇徳天皇・平将門公)

後に、怨霊を鎮めるために北野天満宮が創建され、現在ではすっかり「学問の神様」として昇華されたとされる。

さて、本殿には祀られていないが、もうおひと方を忘れてはなるまい。

藤原魚名公(ふじわら の うおな)

「川辺左大臣藤原魚名公の墓」に祀られている「藤原魚名公」は、奈良時代末期の貴族であり政治家である。

要職を歴任し左大臣まで昇り詰めるも、突然の解任。一転、大宰府への下向の命が下る。理由は定かではないが、天皇による専制君主制を目指す桓武天皇と、太政官による議会制を推し進めたい魚名との立場の違いによるものと推察する説がある。

大宰府へ下向の途中に病に倒れ、この辺りにあった彼の別荘で養生したが、その甲斐なく死去。

菅原道真公の左遷の100年前のことである。

服部天神宮の創建と歴史

創建

服部天神宮の創建は定かではないが、社伝によると渡来系氏族の「秦氏」がこの地域に居住し、その崇拝する少彦名神を小祠に祀ったのが始まりという。であれば、かなりの古社である。

中国あるいはモンゴル、もっと先の中東アジアから流れ流れて日本に渡来した人々は、日本に様々な先進技術をもたらした。中でも機織りの技術に長けた氏族は秦氏と名付けられ、日本各地に住み着いたという。

この服部の地も、その内の1つ。「機織部」の居住する場所であるから、転じて「服部」という地名になるのだ。

道真公 参拝

時は過ぎて平安時代。道真公が大宰府に向けて旅立つ。

ちょうどこの辺りで、持病の脚気が発症。これ以上の旅は不可能となるわけだ。

村人が医薬の神である少彦名命を祀る小祠への参拝を勧めるので、勧められるに任せて参拝することにした。
「高天原に・・・我が足病の平癒せしめ給わんことを、恐み恐み申す・・・」

天神祠を参拝したあと、道端に五輪塔を発見する。これがなんと「藤原魚名公の墓」であった。

100年前に、今の自分と同じ境遇に陥れられた人の墓を見るにつけ、「自分も同じ運命をたどることになるのか、ここで朽ち果ててしまうのだろうか。。。」と嘆き。自分への慰めもあったのだろう。魚名公の御霊も手厚く弔った。

すると驚愕するべき事態が起こる。なんと足の脚気が治ったではないか!

道真公は、少彦名命と藤原魚名公の霊力に感謝申し上げつつ、九州への旅、帰ることの叶わない旅を続けることになるのである。

道真公 合祀

その後、道真公を神として祀る「天神信仰」の広がりの中で、縁の深い天神祠にも道真公を合祀することになり、ここに社殿が造営され「服部天神宮」として生まれ変わるわけだ。

この時点を創建とする見方も出来よう。

服部天神宮の御利益

少彦名命のご神徳により、あらゆる病気の平癒にご利益があるのだが、特に「足病の平癒」「足怪我の平癒」に効果があるとされ、プロサッカー選手からの信仰を集めているという。

菅原道真公のご神徳により、学業の向上や合格祈願、武運のご利益も頂けるのだ。

服部天神宮のお守り

護符やお守りは多岐にわたるが、「足の守護祈願揃」なるものがある。

御守・神札・長寿箸・祓物がセットになって、初穂料2500円。絵馬が入っていないのが悔しい。ちなみに絵馬は1000円。

しかし「祓物」は嬉しい。

祓物

中に人形が入っている。使用手順は次の通りである。

  • 人形で足の悪い部分をなでる。
  • 人形の裏面に祈願の内容と名前を記入する。
  • 袋に入れる。
  • 川か海に流す。ない場合は、地面を掘って地中に埋める。
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”足の神様” 服部天神宮

正月以来の、家族による参拝である。

陸上選手である娘が出場する、それなりに大きな大会を目前にして、ふくらはぎが痛いと言い出した。大会までに残された時間は1週間。ふくらはぎ痛改善の選択肢は、もはや限られる。その選択肢の中の1つが「神頼み」である。

娘の名誉のために、一言添えておく。努力はしている。むしろ努力のし過ぎである。神は努力なきところに力を添えることはないだろうが、娘は違うのである。なんとか御力を頂きたい!

という流れの中でやってきたのが「服部天神宮」

車を走らせ、ナビの言うとおりに角を曲がる。こんな狭い道?駐車場は?ご安心いただきたい。

駐車場は境内にある。南面から入ることが出来る。6台程度だろうか。無地に到着し、車から降りる。

降りた瞬間から、ほんわかと優しく、しっとりとした、上質の絹のようななめらかさを持つ空気が漂っている。どこかから流れてくるのではない。地面から湧きあがってくるイメージである。

これは期せずして、我が妻からも近しい内容の発言が口を衝いて出たから間違いない。

「おー!そう思うか!おれも!」

と感動する私を尻目に、さっさと先に進んでいく妻。いつものことではある。これでいいのだ。

私は、この空気の中にしばらく身を委ねていよう。。。

東向きの鳥居である。すなわち能勢街道側を向いているということになる。

まずは手水舎にて清めよう。

手水舎の奥の建物が草履堂。中にたくさんの草履が奉納されている。

草履堂の中

ここ服部天神宮で祈願し、足病が平癒した暁には、新しい草履を奉納する習わしである。

草履は社務所で購入できる。初穂料2000円。意外といいお値段だ。

拝殿から弊殿

朱色と黒と黄金のコントラストが実に美しい拝殿である。黄金の神額に「天神宮」とある。

向かって右に「少彦名命」左に「菅原道真公」を祀っている。

境内の癒しのパワーはここにもある。しかし、ここが源というわけではなさそうだ。やはり地面から湧きあがっているイメージだ。

この拝殿内の壁には、部屋履のスリッパがたくさん奉納されていた。草履ではなかった。

 

拝殿の右となりに「豊中えびす社」が、同規模の社殿を持って鎮座しているはずなのだが、改築工事中のため参拝は叶わなかった。祭神の「蛭子大神」は本殿に祀られているとのこと。(2017.5.14現在)

裏にまわり込む。

本殿裏の参拝所

本殿裏側にも、きちっと参拝所が設けられている。私は本殿裏の参拝所が好きだ。裏口入学ではないが、少なからず得をした気になるのである。

いざなぎ神宮、熱田神宮の裏拝殿は、素晴らしいパワーを持っていたのを思い出す。

「足踏み石」

一見、墓石にも見える「足踏み石」。ここで健脚を祈願するのだそう。

手順は以下の通り。

  • 靴を脱ぐ。
  • 台座の前の、丸い小さな石を敷き詰めた四角形の中に、本殿に向かって立つ。
  • 二礼二拍手一礼。
  • 台座に座って、具体的な祈願を念じる。

絵馬懸けとなっている本殿の側面を通り過ぎて、拝殿前に戻ろう。

菅原道真公銅像

東を向いて座っておられる。京都の方向であろうか。

ひざ部分がこすれて「緑青」がとれている。きっと、ひざ痛の人が撫でて帰るのであろう。私も両膝をなでておいた。娘はふくらはぎなのだが。。。

初酉稲荷神社

あまり見かけない稲荷社の形態である。

中央の大きい社のまわりを取り囲むように、ひとまわり小さな社が並んでいる。

中央の社は「初酉稲荷大明神」

まわりの提灯には、「初申・・・」「初辰・・・」と書かれてある。

そうだ。各干支用に社が異なるのである。これらは伏見稲荷大社からの勧請とのこと。

正面の初酉稲荷神社は江戸時代にこの地に創建されたもの。周囲の稲荷社は昭和52年の勧請である。

祭神はいずれも、宇迦之御魂大神。衣食住を司る神であり、時代によって五穀豊穣、商売繁盛、仕事運という具合に御利益が発展してきたのである。

自分の干支の社前に玉串を奉納しよう。初穂料300円を賽銭箱に入れるのを忘れるべからず!である。

ちなみに我が妻は、ここに入ることが出来なかった。人それぞれである。

祖霊社

稲荷社の隣に祖霊社がある。

その中、中央に前述の「川辺左大臣 藤原魚名公の墓」が祀られている。

「足の神様」に祈願したい方は、本殿とともにこちらの御墓にも手を合わせなければならないと心得たい。

左右に「祖霊社」と「招魂社」が並ぶ。

逆に私は、ここに入ることが出来なかった。撮影も憚られたので画像もない。遠目からの参拝となった。申し訳ない。まさしく人をれぞれである。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

服部天神宮 概要

  • 所在地   大阪府豊中市服部元町1丁目2−17
  • 電話番号  06-6862-5022
  • 主祭神  少彦名命・菅原道真公
  • 創建年      不詳
  • 社格   3世紀前半か
  • 公式HP    http://hattoritenjingu.or.jp/

服部天神宮 アクセス

MAP

最寄り駅

  • 阪急宝塚線「服部天神駅」徒歩2分

駐車場

  • あり(無料)境内乗り入れ

 

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