大阪天満宮|「通り抜け参拝」がおすすめ!学業合格祈願のパワースポットの決定版!

2016年12月14日

この登龍門は社殿の東西に設えてあり、なんとなんと通り抜けができる。合格祈願をされる受験生諸君は是非この登龍門を通り抜けて、受験という急流を突破していただきたいと思う。

しかして、そのシステムとは。。。

  • 合格守りを頂く。初穂料3000円なり。これは割安だと思う。
  • 絵馬・お札・お守り・通り抜け参拝券のセットである。
  • 絵馬に願い事を記入して、絵馬掛けに掛ける。
  • お札は自宅に持ち帰り、南向きか東向きの壁に張り付けて奉る。勉強机の上の方がよいかと思う。
  • 御守りは、勉強中も必ず身に着けておく。そうすると試験当日の心の拠り所となる。「あれだけ勉強したんだから大丈夫!お守りさんが見ててくれてる!」というやつだ。
  • 通り抜け参拝は日時がいくつか設定されているので、都合のいい日に参拝しよう。
  • 片方の門から入り、本殿前で参拝、玉串奉納、もう片方の門から出る。

これで志望校合格間違いなし!である。無論、努力なしでは絶対に無理なので、そこは誤解のなきよう。。。

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南面の境内社

大阪天満宮はそれほど広大な境内を有しているわけではない。が、密度高く摂末社が祀られている。順番に参拝してパワーをチャージしていこう。

まずは、境内南側に並ぶ摂末社から。

天満天神の水

さあ、湧水である。大地の恵み、すなわち大地のパワーが頂ける場所。パワースポットである。

  • 天満 天神の水
  • 千日前 福井の水
  • 道頓堀 秋田屋の水
  • 聚楽町 愛宕の水

これが、「大坂四か所の清水」と賞された名水である。

すぐ隣に、井戸の神様「御井神」(みい)が祀られている。

南門の前を通り過ぎて、境内の南西へ進む。

この御井神は、正面の楼門を入ってすぐにある。井戸の神、水の神は祓いの神でもある。

であるからして、もしかしたら御井神は祓戸社を兼ねているのかもしれない。

であるなら、最初に参拝するべきであったか、、、

老松神社

老松神社は、当境内には数少ない朱塗りの神社である。

老松社と言えば、道真公の側近「島田忠臣」を神格化した神を祀る神社が一般的だが、どうやらこちらは違うようだ。

神功皇后ゆかりの社とのこと。

当境内から西へ500mあたり、西天満に鎮座していたものをこちらに移設した。平成2年のこと。

由来は、神功皇后が筑紫から帰還する際、風波を避けるため松の大木に身を寄せ避難した。その巨松に祠を建てたのが起源。その後の860年に、白砂青松(現:西天満)に遷座し社殿を建立した時をもって創建とする。

祭神は、住吉大神・神功皇后。ご利益は、海上安全(交通安全)・戦勝祈願・安産であろう。

白太夫社と老松社紅梅殿

境内南西の角、裏鬼門のあたる場所に右:「白太夫社」(しらだゆう)と左:「老松社紅梅殿」がある。

白太夫社

由緒書によると、祭神は「渡会春彦」

道真公の父が伊勢神宮の神職「渡会春彦」を通じて子授け祈願をし、生まれたのが菅原道真公。そのような縁で「春彦」は命を掛けて道真公に仕えるようになったらしい。

文字通り苦楽をともにし、大宰府へ左遷されたのちも道真公の側近として仕え、その最期を看取ったとされる。道真公にとって唯一無二の側近、いや「守り神」のような存在だったと想像する。

老松社紅梅殿

由緒書に、祭神は「御愛樹之霊」と記載されている。

「老松社」は、道真公邸宅に植えられていた松の精霊
「追い松」とも。道真を追いかけて大宰府へ飛んでいくも途中で力尽き、播磨の国に降りてそこに根付いたという一説がある。
「紅梅殿」(こうばいどの)は、同じく邸宅に植えられていた梅の精霊
こちらは見事に大宰府まで飛んで行った。「飛び梅」で有名である。

ちなみに、道真公の邸宅には、道真公が特に愛でた、これら「梅」「松」のほかに「桜」もあった。この桜は主人がいなくなった悲しみのあまり枯れてしまったらしい。。。

白太夫社と老松社紅梅殿。境内の裏鬼門にあたるこの場所は、主祭神「菅原道真公」の心の拠り所が祀られている場所と言える。ある意味、道真公の悲哀のこもった場所であるとも言えよう。

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北西の境内社

次は、境内北東の角へ行く。

蛭子遷殿

最初に紹介した「蛭子門」をくぐった場所にあった蛭子社をこちらに移し「蛭子遷殿」とした。

祭神は蛭子大神。いわゆる「えべっさん」。商売繁盛の神として祀られている。

この前が、ちょうどトイレなのだ。そして隣の神明社の前には喫煙場所。私としては、許せない配置である。

神明社

祭神は、天照皇大神と豊受皇大神。

ご存知の通り、天照皇大神は伊勢の内宮に祀られる皇室の祖神。
豊受皇大神は外宮に祀られる、五穀の豊穣・衣食住の恵みを与える産業の守護神である。

大将軍社

こちらが、天満宮創建のはるか以前からこの地に祀られていた「大将軍社」である。一段高い場所に鎮座されている。

創建は650年、大化の改新のころである。孝徳天皇による「難波長柄豊崎宮」造営の際、王宮の北西の守りとして建立された神社である。

大将軍社の祭神

  • 八衢比古神(やちまたひこのかみ)
  • 八衢比売神(やちまたひめのかみ)
  • 意富牟豆美神(おおかむずみのかみ)
  • 久那斗神(くなどのかみ)
意富牟豆美神
伊邪那岐命が黄泉の国から逃げ帰る際に、桃の実を3個投げつけることで、黄泉国軍は退散したという。このときに桃の実に与えられた神名である。 古事記より。

このように、桃には邪気を祓う魔力があるとされる。桃太郎の鬼退治も頷ける。

八衢比古神・八衢比売神・久那斗神
道祖伸とされる。伊邪那岐命の「禊祓」で生まれた神である。「道を守る神」というよりは、「道で守る神」といったイメージを私は感じる。

集落(この場合は王宮)に邪霊・禍災などが侵入するのを防ぐ役割を持つ。

天満宮の神事は、大将軍社から始まる

この大将軍社に菅原道真公が合祀されたのが天満宮の起源であるのだが、今や大将軍社が天満宮の摂社となっている。。。

しかし実は、天満宮は大将軍社に借地料を払っているのだ。

元日の歳旦祭に先だって大将軍社にて「拂暁祭(ふつぎょうさい)」という祭祀が執り行われるのだが、神事の中で「租(そ)」と言う、いわゆる「借地料」を天満宮から大将軍社に納める習わしになっているという

歴史で勉強した「租・庸・調」の「租」である。なつかしい。しかし、なかなかもって、きっちりしているではないか。

癒しのパワースポット 本殿裏の参拝所

こちらが、本殿裏の参拝所である。私は本殿裏の参拝所が好きである。

伊弉諾神宮の裏は、もの凄いパワーを感じた。頭がぐるぐる。浄化であろう。熱田神宮の裏も研ぎ澄まされた空気が流れており、心が洗われた。

こちらの気はというと、大変なごやかな温かみのある気を感じる。日本三大怨霊とは思えない、優しさにあふれている。やはり正面の拝殿では感じられないものを感じることができるのだ。

北面の境内社(1)

怨霊鎮めの社 十二社

本殿裏手に、横長の社殿がある。十二柱の神々を祀る「十二社」である。

北野天満宮にも本殿裏に十二社を祀る社殿があるが、祭神は若干異なる。

由緒書によると、「吉備聖霊、早良親王、藤夫人、伊予親王、火雷神、火産霊神、埴山比売神、天吉葛神、川菜神、藤原廣満霊、橘逸勢霊、文太夫霊を祀る。」とある。

ざっと見て想像はついたが、どうやらこれらの神霊は、政変で負け憤死した人々、つまりは怨霊なのだ。火雷神は道真公であろうか。

ただ、火産霊神、埴山比売神は違うと思われる。

火産霊神(かぐつち)は、生まれた際に伊弉冉尊の陰部に火傷を負わせた神である。
埴山比売神(さにわひめ)は、伊弉冉尊が火傷で死ぬ間際に排泄した大便から生まれた神
のちにこの両神は夫婦となり、稚産霊神(わくむすび)を産む。

この両神が十二社に祀られる意味、そして中央に祀られる意味は、火と土で神器を作り、左右に祀られている御霊を鎮め奉る働きを持っているのではないだろうかと、私は想像するのである。

このように、これらの怨霊は、京都の上御霊神社・下御霊神社、奈良の御霊神社にも祀られている。よって、十二社の原点は御霊信仰にあると言えよう。

次は、大阪天満宮「最強のパワースポット」が存在する「北東エリア」へ進もう。

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