伊勢神宮内宮|三重|日本人の聖域に存在するパワースポット大公開!!

2017年1月10日

三重県伊勢市を中心に分布する伊勢神宮。正式には単に「神宮」と呼ぶ。(以下、便宜上「伊勢神宮」とする)

式内大社で、二十二社の上七社の筆頭に選定されている。現在は、日本神社庁所属の全ての神社の頂点に立つ神社である。

朝廷は人臣に階位(正一位とか従一位とか)を与えるのと同じように神々にも階位を与えてきた。しかし、伊勢神宮には階位は無い。それは、階位を与える側であるからという。

階位が無い神社は、伊勢神宮の他に2社ある。和歌山市の同じ境内に鎮座する「日前(ひのくま)神宮」と「国縣(くにかかす)神宮」の両神宮だ。この2社は伊勢神宮に準ずる格式を持つとされている。

また、古代には宇佐神宮と伊勢神宮を二所宗廟とし、平安時代には石清水八幡宮と伊勢神宮を二所宗廟とした。宗廟とは、氏族が祖神を祀る場所のことであり、日本の場合は皇祖神を祀る神社ということになろう。

宇佐神宮と石清水八幡宮の祭神は、八幡大神すなわち応神天皇であるから、天照大神だけでなく応神天皇も皇祖神として祀られてきたということになろうか。

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伊勢神宮について

伊勢神宮の規模

先ほど、伊勢市を中心に分布する、、、と申し上げたが、「伊勢神宮」とは「内宮」(ないくう)と「外宮」(げくう)を中心とする神社群の「総称」なのである。

実は伊勢神宮の規模は恐ろしくデカイ。伊勢市のみならず周辺地域も含め4市2郡に分布するのだ。敷地面積は、世田谷区とほぼ同じぐらい。その中に全部で125社の神社をかかえ、141座を祀っている。

125社の内訳は、、、

  • 正宮・・・内宮と外宮の2社のみ。
  • 別宮・・・内宮の別宮が10社。外宮の「別宮」が4社。
  • 摂社・・・内宮の摂社が27社。外宮の摂社が16社。延喜式神名帳に記載のある神社が摂社となっている。
  • 末社・・・内宮の末社が16社。外宮の摂社が8社。延暦儀式帳に記載のある神社が末社となっている。
  • 所管社・・・内宮の所管社が30社。外宮のそれが4社。瀧原宮のそれが3社。伊雑宮のそれが5社。

我が家は年に1回、伊勢神宮に参拝する習わしとなっているのだが、125社すべてに参拝するには何年かかるだろうか。。。

では、ここからは内宮に絞ってご紹介していこうと思う。

内宮について

内宮は、三重県伊勢市宇治館町に鎮座する伊勢神宮の中心をなす神社。正式名称は「皇大神宮」

五十鈴川の右岸に広がる神域は、厳粛かつ清浄、そして神秘的である。まさしく日本人の聖域にふさわしい風情と言えよう。早朝に参拝すると、身を切るが如きに張りつめた空気が、その神秘性を否応なしに高めてくれるであろう。

内宮の創建

内宮の創建は垂仁天皇の御代。そして、天武天皇の御代に現在のような壮大な神宮に建て替えられ、この時から式年遷宮が行われるようになったとされる。

では簡単ではあるが、記紀の内容に沿って「内宮の創建物語」をご紹介しよう。

崇神天皇6年、崇神天皇はそれまで三輪山麓の皇居内で祀っていた「天照大御神」と「倭大国魂神」を、その神威を畏れて宮中から出すことにした。

天照大御神は「豊鍬入姫命」、倭大国魂神は「渟名城入姫命」にと、二人の皇女(娘)にそれぞれの大神を託した。

倭大国魂神を託された渟名城入姫命は、ほどなく髪が抜け落ちるほどに衰弱して祀ることができなくなったため、市磯長尾市に祀らせた。これが現在の「大和神社」の創建である。

一方、天照大神は豊鍬入姫命によって「笠縫邑」で祀られる。(大神神社摂社である「檜原神社」比定されている。)

ここから、天照大神を自らの体に宿した豊鍬入姫命の、理想的な鎮座地を求める旅が始まるのだ。

以下、豊鍬入姫命の巡行ルートと滞在年数、そして有力な比定神社を記しておく。

笠縫邑(かさぬいむら)33年奈良県桜井市檜原神社(大神神社)
吉佐宮(よさぐう)4年福井県宮津市眞名井神社(籠神社)
伊豆加志本宮(いつかしもとのみや)8年奈良県桜井市与喜天満宮
奈久佐浜宮(なぐさのはまのみや)3年和歌山県和歌山市濱宮
名方浜宮(なかたのはまのみや)4年岡山県岡山市伊勢神社
御室嶺上宮(みむろのみねのうえのみや)2年奈良県桜井市高宮神社(大神神社)

ここまでで、50年余り。豊鍬入姫命は老齢につき、垂仁天皇の皇女「倭姫命」に後を託すことになる。

次に、御室嶺上宮を旅だった倭姫命の巡行ルートと滞在年数、そして有力な比定神社を記しておく。

宇多秋宮(うたのあきのみや)4年奈良県宇陀市阿紀神社
宇多佐佐波多宮(うたのささはたのみや)4年奈良県宇陀市篠畑神社
市守宮(いちもりのみや)2年三重県名張市宇流富志禰神社
穴穂宮(あなほのみや)4年三重県伊賀市神戸神社
敢都美恵神宮(あえとあえのみや)2年三重県伊賀市都美恵神社
甲可日雲宮(こうかひぐものみや)2年滋賀県甲賀市垂水頓宮址
坂田宮(さかたのみや)2年滋賀県米原市坂田神明宮
伊久良河宮(いくらがわのみや)2年岐阜県瑞穂市天神神社
中島宮(なかじまのみや)愛知県一宮市酒見神社
桑名野代官<くわなののしろのみや>4年三重県桑名市野志里神社
 奈其波志忍山宮(なごわしのおしのやまのみや)三重県亀山市布気皇館太神社
 阿佐加乃藤方片樋宮(あさかのふじかたのかたひ)4年三重県津市加良比乃神社
 飯野高宮(いいのたかみや)4年三重県松阪市神山神社
佐佐牟江宮<ささむえのみや>三重県多気郡竹佐々夫江神社
伊蘓宮<いそのみや>三重県伊勢市磯神社
瀧原宮<たきはらのみや>三重県度会郡瀧原宮
矢田宮<やたのみや>三重県伊勢市矢田宮
家田田上宮<やたのたのうえのみや>三重県伊勢市神宮神田
奈尾之根宮<なおしねのみや>三重県伊勢市那自売神社(内宮末社)
五十鈴宮<いすずのみや>三重県伊勢市内宮
※伊雑宮<いざわのみや>三重県志摩郡伊雑宮

※伊雑宮・・・神宮側の主張は、内宮創建後、内宮の御贄所を探して志摩国に入った倭姫命を、伊佐波登美命が出迎えたためその場所を御贄地に選定して伊雑宮を建立したとしているが、定かではない。

さて、こうして見ると、

豊鍬入姫命は大和の桜井を中心に、海部氏の宮津、吉備氏の岡山、紀氏の和歌山と、物部系古代有力氏族の本拠を訪問。いずれも朝廷に勝るとも劣らない巨大氏族ばかりである。お披露目のようにも見えるし、もしかしたら遷都先を探していたのではないだろうか、などと思ったりもする。

倭姫命はというと、はなから伊勢ありきの旅のように感じる。尾張氏、渡会氏という海部氏と同族とされる物部ゆかりの氏族の勢力地域を通過して伊勢を目指したのではないかと思うのである。

この二人の姫の巡行傾向の違いは、崇神天皇と垂仁天皇の時代背景の違いからくるんだろう。

そんなこんなで、三輪山の皇居を出てから90年の歳月をかけて伊勢神宮は創建されたという。

内宮の祭神

内宮の正宮に祀られる神と言えば、これはもう言うまでもなく「天照皇大神宮」(天照大御神)であるが、相殿神として「手力雄命」と「萬幡豊秋津姫命」が祀られていることをご存知の方は少ないだろう。

主祭神:天照皇大神

日本神道の最高神で日神。女神であるとされている。太陽神が女神?これには諸説あるが、話がややこしくなるのでここでは割愛しておくのがよかろう。というか、私自身よくわからないのである。

次に相殿神について。そもそもは、元伊勢:伊豆加志本宮に8年間滞在した際に、隋神としてこの二柱の神を祀ったのが始まりではないかと思われるのだが。。。

相殿神:手力雄命

天照大神が岩戸に隠れたとき、その怪力でもって岩戸をこじ開けた神である。力が強い神ということで、武道やスポーツ選手からの崇拝を受けている。

相殿神:萬幡豊秋津姫命

古事記では栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)。または、玉依姫命とも言われる女神である。

高高産霊命の娘もしくは孫とされる。天照大神と素戔嗚尊との誓約によって生まれた「天忍穂耳命」と結婚し、「天火明命」と「瓊瓊杵尊」を生んだ神だ。

内宮のご利益

内宮は、すべてのご利益を頂くことができるとされる。ただし。。。

個人のお願いを祈願する社殿は正宮ではない。正宮は国家安寧や世界平和を祈願しつつ、平和な世の中で暮らせる幸せを感謝する場と心得て頂きたい。

と言いつつ、私のような小市民は国家安寧や世界平和など祈願する資格があるのだろうか、、、と思ってしまうのである。毎年参拝するが、感謝しかないのである。

では個人的な願い事は完全に無視?

というと、そういうわけでもない。個人的なお願い事を祈願する場所は、別宮の「荒祭宮」である。ちょうど正宮の裏手にあたる。こちらには天照大神の荒魂が祀られている。

荒魂とは
神の荒々しい側面である。その表れの代表格が「祟り」。しかし、荒々しさは「勇猛果敢」な様でもあり、新しい事象や物体を生まれさせるエネギーを持っているとされる。

よって、荒祭宮で祈願する際は

心願の成就に向けて何をどれぐらい努力するのかを表明することが必須となる。どんなに稚拙な言葉でも構わない。自分の言葉であることが大事だ。そうすれば神様に伝わるはずだ。

縁結び、合格祈願、業績向上、商売繁盛、子宝などなど。なんでもどうぞ!

では、いよいよ参拝しよう。内宮にちりばめられているパワースポットを紹介したいと思う。

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