池坐朝霧黄幡比売神社|奈良|

池坐朝霧黄幡比売神社は、奈良県磯城郡田原本町法貴寺にある神社。

延喜式神名帳に記載ある式内大社である。

かつて、神社の裏に大きな池があったため「池社」と称さたと聞く。

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池坐朝霧黄幡比売神社について

池坐朝霧黄幡比売神社の祭神

現在の祭神は、天萬栲幡千々比売命と菅原道真公である。

天萬栲幡千々比売命(あめのよろずたくはたちぢひめ)

記紀には、高皇産霊神の娘で、天照大御神の御子である天忍穂耳尊と結婚して瓊瓊杵尊と彦火明命を生んだと記述される。

要するに天皇家の母方の祖神ということになろう。

神名から推察するに、機織りの女神である。

  • 天=天神の
  • 萬=たくさんの
  • 栲=コウゾかヌルデの白い繊維、
  • 幡=機織り
  • 千々=縮み(もしくは多くの)
  • 比売=女神

菅原道真公

全国の天満宮に祀られる、平安時代の政治家。右近衛大将と右大臣を務めた。

このように、当時の政界ナンバー2まで上り詰めたわけだが、当然のことながら周囲の貴族たちには嫉妬や嫉みがあっただろう。

左大臣だった藤原時平の讒言によって、道真公は太宰権帥(太宰府の副長官)に左遷される。そして、そのわずか2年後、太宰府にて死去。

死去の直前、天拝山で無実の罪を天に訴えたところ「天満大自在天神」と書かれたお札が降ってきたという。(これが天満宮の由来。)

道真公死去のあと様々な厄災が宮中に起こった。

清涼殿への落雷で多くの死傷者が出たり、左遷を決めた醍醐天皇が病死したり、道真公の後任の右近衛大将が謎の死を遂げたり、讒言した時平が急死したり、道真公の後任の従二位の源光が鷹狩中に行方不明になったり、、、

これらの厄災は道真公の祟りであろう判断した朝廷は、祟り鎮めのために道真公を神として祀ることにした、それが天満宮であり天神信仰の始まりなのである。

池坐朝霧黄幡比売神社の創建

創建年代は定かではない。

創建

由緒書によると、

推古天皇24年(615年)に聖徳太子草創の法喜寺伽藍を賜った秦氏が、その祖神を守り神として祀った古社である。
法喜寺の記録では、天慶9年(946年)に北野天満宮から菅原道真公を勧請した。よって、法貴寺天神又は天満宮として広く知られるようになった。

とある。であるからして、法喜寺を賜った直後に創建されたと見れば、615年の創建となろう。

古文献では、、、

「正倉院文書」正集10・天平2年12月20日大和国正税帳 (730年)に、

池神戸稲壱拾陸束 租陸拾壱束 合柒拾柒束 用伍拾肆束〈祭神四束 神嘗酒料五十束〉残弐拾参束
池神の神戸は、稲16束 租61束 合計77束 用54束<祭神4束 神嘗酒料50束) 残23束

とあり、

神祇令天神地祇条(『令集解』)天平宝字元年 (757年) に、上卯相嘗祭が行われた神社の中に池神の名が見え、

日本三代実録 貞観元年正月27日甲申条 (859年)に、従五位下から従五位上に昇格した神社の中に池坐朝霧黄幡比売神社の名が見える。

以上のことから、700年代の初頭には存在していたことは確実だろうと考える。

菅原道真公を勧請して以降は天満宮と呼ばれ、次第に式内大社の池神は忘れ去られてしまっていたようだ。

秦氏の氏神

前述の由緒書にもどろう。秦氏が氏神を祀ったとある。後世においても、秦氏の流れを汲む長谷川党が法貴寺と池神社の祭祀を司った。

では主祭神の栲幡千々比売命は秦氏の氏神かと問われると、答えは否である。

前述の通り、栲幡千々比売命は高皇産霊神の娘にして瓊瓊杵尊の母。すなわち天皇家の祖である。秦氏とは感の関係もない。

関係あるとすれば「機織り」。

秦氏は、土木や養蚕、機織などの先進技術を発揮して栄えた氏族だからだ。

おそらく神社名にある通り「黄幡比売」という機織り女神が祀られていたと思われる。

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池坐朝霧黄幡比売神社 参拝記録

広大な田園地帯の真ん中を大和川(初瀬川)が流れ、その左岸に大字法貴寺という集落がある。その集落の真ん中に、川を背にして鎮座するのが池坐朝霧黄幡比売神社。

道路幅は狭い。走行には問題ないが、社頭には駐車スペースは無い。

川沿いの道路から神社の北側に回り込むと、法貴寺の名残である「千万院」がある。その「千万院」と当社との間、児童公園の側面が駐車可能なスペースかと思われる。

がしかし、民家に直面するため、マナーよく短時間の駐車でお願いしたい。

社頭

「池坐神社」の神額。灯籠には「天満宮」の文字。

拝殿

横広の内参道の突き当りに、拝殿がある。高い位置に唐破風が付いている立派な割拝殿である。

玉垣内に入って拝所まで進む。このように特別に仕切られた空間に入ると、人は自然と襟を正すものである。

ここにも「天満宮」とある。神紋も天満宮と同じ「梅紋」だった。

二拝二拍手一拝。コロナウイルス退散を願う。

唐破風の作り出す曲線のまま割拝殿の天井が設えてある。なかなか凝った作り。近江神宮の外拝殿を思い出す。

本殿

朱塗りの春日造り。肉厚の庇が重厚感を醸し出している。

本殿玉垣内の境内社

本殿玉垣内の本殿右に境内社が3社あり。

右から、

  • 松尾社・・・松尾大明神
  • 春日社・・・春日四神
  • 皇子社・・・これは難しい。八王子か。

と並ぶ。

本殿の左にも境内社が1社あり。

梅尾社という。梅尾社とは初耳だ。栂尾の間違いでは?と思ったりしたが、梅尾丸が祀られているとのこと。

本殿玉垣外の境内社

本殿域玉垣の右に2つの祠がある。

右から

  • 須佐之男神社・・・須佐之男命
  • 事代主神社・・・事代主命

本殿域玉垣外の左側に、

左から、

  • 琴平社・・・大物主神
  • 市杵嶋社・・・市杵嶋姫命
  • 波知久麻明神社・・社名の板の字がほとんど消えていて読むのに苦労したが、たぶん波知久麻。

ハチクマとは、可愛らしい神名だ。子熊がハチミツを舐めている映像が目に浮かぶ。関係ないと思うが。

池坐朝霧黄幡比売神社 概要

  • 所在地  奈良県磯城郡田原本町大字法貴寺502
  • 電話番号  
  • 主祭神  天萬栲幡千々比売命・菅原道真公
  • 創建年    飛鳥時代(伝)
  • 社格   式内大社・郷社
  • 公式HP   なし

山辺御縣坐神社のアクセス

MAP

最寄り駅

  • 近鉄橿原線「石見駅」徒歩35分

駐車場

  • なし 

駐車可能と思われるスペースはあります。本文をご参照ください。

奈良

Posted by リョウ