亀塚稲荷神社|三田|田町駅・三田駅から徒歩5分。

2018年11月13日

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亀塚稲荷神社は、東京都港区三田に鎮座する神社である。

JR「田町駅」あるいは浅草線「三田駅」を下車。

第一京浜の内陸部側に並行して通る「聖坂」を登る。聖坂の左右は崖になっており、この道が高台に開かれていることがわかる。まるで上町台地のようだ。

聖坂

高野聖が開いた古道で、江戸時代に東海道が敷設されるまでは、東西を結ぶメイン街道であった。

聖坂を登っていく途中には、高野聖宿所跡、阿含宗関東別院があり、その隣に「普連土学園」(フレンド学園)がある。

普連土学園?フレンド?

何も知らない私は、ふざけた校名だと思ってしまったのだが、調べると、、、

普連土学園

明治20年創立をいう歴史ある学校で、中高一貫の女学校。その創立には新渡戸稲造や内村鑑三なども参画したという。日本で唯一のキリスト教フレンド派による教育機関である。

「普く(あまねく)、世界の土地に、連なる」すなわち、「この地上の普遍、有用の物事を学ぶ学校」と言う思いを込め、フレンドに「普連土」の漢字を充てた。

明治期の女子教育に大いなる影響力を発揮したと言われている。

大変失礼なことを思ってしまった。関係者の皆様にはお詫び申し上げたい。

ちなみに、フレンド派は「万人のうちに”神”、すなわち”真理の種子”」が存在するとする。これは日本神道の根幹である「森羅万象に神が宿る」と相通じる部分があると感じた。

などと考えながら歩を進めると、右手マンションの駐車場の片隅に赤いお社が見えた。

このように、マンションの敷地内に鎮座している。

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亀塚稲荷神社 参拝記録

亀塚稲荷神社の鳥居

稲荷神社に神明鳥居とは珍しい。

そして驚いたことに、こちらの神社、宗教法人の法人名が「稲荷神社」なのである。

亀塚稲荷神社は「通称」となり、正式社号は「稲荷神社」なのだ。まるで稲荷神社の総本宮のような社号ではないか!

ちなみに、稲荷神社の総本宮は伏見稲荷大社で、その勧請システムが比較的容易なため、全国に数多く勧請された。

五穀豊穣や商売繁盛のご神徳を持つとされることと、容易な勧請システムにより、屋敷神として企業や工場などの敷地や屋上にも多く存在している。

古い社号標

鳥居の横に建つ社号標を見ると「亀塚神社」と刻まれている。となれば、かつては稲荷社ではなかったのだろうと想像する。

創建年代は不詳ながら、伝承によると、太田道灌が当地に物見台を造営した際に創建したという。

おそらくは、すぐ近くにある亀塚(古墳?)の山頂を物見台とし、そこに祀られていた亀石をここに遷し社を起こしたらしい。

亀塚稲荷神社のお社

二拝二拍手一拝。

その亀石をご神体として、伊邪那岐命、伊邪那美命、宇迦御魂命を祀るという。生成の夫婦神と食物を司る神が祀られているわけだ。

稲荷神社に伊邪那岐命と伊邪那美命?わけがわからなくなってきた。

整理しよう。

亀塚古墳の山頂の祠に、石の亀をご神体として亀霊神が祀られていた。

そこに太田道灌が物見台を造営する。よって、その祠を聖街道沿いに遷座した。

亀の神霊を祀る祠に、日本神話の神を合わせ祀ることにした。あるいは祭神のすり替えか。

折角なので、人類の祖先神である伊邪那岐命と伊邪那美命を祀って、子宝・子孫繁栄を祈願することにした。

これが、亀塚神社。

江戸期、稲荷信仰が盛んとなった際、宇迦之御魂命を勧請し合祀。その時点で「稲荷神社」と称したかどうかはわからない。

戦後、いち早く稲荷神社として宗教法人を設立。今日に至る。

このストーリーは、あくまでも私の想像である。

弥陀種子板碑

境内には「弥陀種子板碑」5基が立つ。中世の関東地方に多く見られる阿弥陀信仰に基づく供養石塔。秩父青石(緑泥片岩)で作られているそうだ。

港区の有形文化財に指定あるいは登録されている。

最後に

聖坂をさらに登ると「亀塚公園」がある。ここに亀塚(古墳?)があり、そこがこの神社の発祥の地であるからして、セットで訪問されることをお勧めする。

亀塚稲荷神社 概要

  • 所在地  東京都港区三田4-14-18
  • 電話番号 03-5445-3814
  • 主祭神   伊邪那岐命・伊邪那美命・宇迦御魂命
  • 創建年      不明
  • 社格   
  • 公式HP     なし

亀塚稲荷神社 アクセス

MAP

東京都港区三田4-14-18

最寄り駅

  • JR「田町駅」 8分
  • 地下鉄三田線「三田駅」 8分

駐車場

  • なし