大国主命(おおくにぬしのみこと)①

2017年8月24日

 

大国主命(おおくにぬしのみこと)は、日本神話に登場する神。

天孫が降臨するまで、葦原中国(地上)を支配していた「国津神」である。

高天原の神「天津神」に対して、土着の神「国津神」。天津神の頂点を天照大神とするなら、大国主命は国津神の頂点に立つ神と言えよう。

天孫が降臨する際に、天津神に国を譲ったため「国譲りの神」ともいわれている。

大国主命の神名

大国主神・大國主大神・国作大己貴命(くにつくりおほなむち)
大いなる国の主。すなわち、大国を治める帝王。という意味。

大穴牟遅神(おおなむぢ)・大己貴命(おほなむち)・大名持神(おおなもち)
主に 少年時代の大国主の名

大穴持命(おおあなもち)・所造天下大神 ≪≫出雲国風土紀
汝命(おほなむち) ≪≫ 播磨国風土記

八千矛神(やちほこ) ≪≫ – 須勢理毘売との歌物語での名。矛は武力の象徴で、武神としての性格を表す

葦原醜男・葦原色許男神・葦原志許乎(あしはらしこを)
根国での名。「しこを」は強い男の意。つまり葦原中国で一番強い男となる。武神としての性格を表す。

大國魂大神(おほくにたま)・顕国玉神・宇都志国玉神(うつしくにたま)
根国から帰ってからの名。

幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)
幽冥とは神道における神の国(死後の霊魂が上がる世界)の主宰神。

杵築大神(きづきのおおかみ)
出雲大社の旧名「杵築大社」に祀られる大神。

大物主神(おおものぬし)
大国主の和魂、あるいは幸魂・奇魂とされる。

大国主命の本地

神仏習合の時代、大国主命の本地として定められた神は、、、大黒天。七福神の構成員である。

密教の大黒天と神道の大国主命が習合した理由は、単純に「大国」=「ダイコク」=「大黒」の連想。

と思いきや、本質的な部分で、この2神は似ている。

大黒天とは

ヒンドゥー教のマハーカーラが素となる。マハーカーラとは、「大いなる暗黒の神」という意味で、戦闘・財福・冥府を司る神

一方、大国主命の神格はというと、、、

 

大国主命の神格

  • 国造りの神・・・葦原中国を武力によって平定した。武神である。
  • 幽冥の主宰神
  • 農業神・・・平定しながら、少彦名の協力によって人々に農業を教えた。
  • 商業神・・・大黒天との習合によるものか。
  • 医療神・・・平定しながら、少彦名の協力によって人々に医薬を教えた。
  • 縁結びの神・・・神在月に八百万の神々が出雲に集合し、あらゆる縁を決定する会議を開くという。

このように、マハーカーラと同じく「戦闘・冥府」を司るのである。

そもそも大国主命は、兄たち八十神に蹴散らされ、再起して逆襲し平定したわけだ。そのころの大国主は阿修羅のようであっただろうと思うのである。

よって私は、この2点「「戦闘・冥府の神」の側面でもって、大黒天を大国主命の本地とし、その後「財福」が大国主命の神格に加わったと思っている。

大国主命の神徳

  • 縁結びの神
  • 子授の神
  • 夫婦和合
  • 医薬
  • 病気平癒
  • 産業開発
  • 交通
  • 航海守護
  • 商売繁盛
  • 養蚕守護
  • 五穀豊穣

大国主男命の系譜

古事記を参考に、大国主命の系譜を記載しておく。

  • 父 ≫≫ 天之冬衣神(あめのふゆきぬ) ≫≫ 建速須佐之男命の5世孫。能登を平定した神。
  • 母 ≫≫ 刺国若比売(さしくにわかひめ)

 

  • 妻 ≫≫ 八上比売命(やがみひめ) ≫≫ 因幡の姫で最初の妻。この姫の争奪で大国主は兄弟達にいったん殺される。
    • 子 ≫≫ 木俣神
  • 妻 ≫≫ 須勢理毘売命(くしなだひめ) ≫≫ 根国(にいる建速須佐之男命の娘。本妻となる。
    • 子 ≫≫ 記録になし
  • 妻 ≫≫ 沼河比売(ぬなかわひめ) ≫≫ 越国(北陸三県あたり)の姫。
    • 子 ≫≫建御名方命(たけみなかた)≫≫ 先代旧事本紀や新潟の伝承による。
  • 妻 ≫≫ 多紀理毘売命(たぎりひめ) ≫≫ 宗像三女神の一柱。福岡
    • 子 ≫≫ 阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこね)
    • 子 ≫≫ 下照姫(したてるひめ)
  • 妻 ≫≫ 神屋楯比売(かむやたてひめ)
    • 子 ≫≫ 事代主命(ことしろぬし) ≫≫ 葛城氏の祭神。後に恵比寿神と習合。
  • 妻 ≫≫ 鳥取神(ととり)
    • 子 ≫≫ 鳥鳴海神(とりなるみ)

建御名方命の母神に関する情報は古事記には無い。大物主神を大国主命とするなら、妻や子はもっと増えることになる。

このように、大国主は多くの妻をもった。そして妻の出身地を見ていると、新潟・石川・鳥取・出雲・福岡に至る、日本海側広範囲を手中に治めて行く様子が、見てとれる。

大物主・事代主との関連性を考えると大和もその勢力範囲内にあったかもしれない。

大国主命が祀られる神社(当ブログ内)

▼大国魂神社(東京府中)

▼大和神社(奈良県天理市)

▼敷津松之宮・大国主神社

▼楯原神社(大阪府平野区)

武甕槌大神、大国主大神を祀る珍しい神社。さらに、十種神宝が現存するとも。。。

 

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大国主命が登場する神話

因幡の白兎

この神話は古事記と先代旧事本記には見えるが、日本書紀と出雲国風土記には見えない。

大国主命が兄弟である八十神たちを平定して国を統一するに至った、すなわち、兄弟間の確執が決定的となった経緯が説明されている神話である。

大穴牟遲神(大国主命)には、たくさんの兄弟がいた。この兄弟たちを総称して「八十神」という。八十神たちは大穴牟遲神を嫌っていた。

八十神たちは、稲羽に住む美しい八上比売命に求婚するため姫のもとへ行く。大穴牟遲神は荷物持ちの役でついていくことになった。

気多の前を通ったとき、泣いている兎を見つける。どうしたのか聞いてみると、、、

淤岐嶋からここに渡りたかったのだがその手段がない。そこで考えた。

和邇と兎のどちらが数が多いか比べることにして、和邇を島からここまで並ばせて、その背中を飛んで数を数えるふりをして、海を渡ってしまおうと。

最後の一匹の背中を飛んだとき、思わず本当のことを言ってしまったため、激怒した和邇に毛を剥ぎとられたらしい。

さらに、先にここを通った八十神たちにどうすれば傷が癒えるか聞いたところ、「海で塩水を浴びて、風に当たって伏していなさい」と教えられた。

その通りにすると、よけいに傷が深くなって死にそうだ。と嘆いていたのである。

大穴牟遲神は、「それではダメだ。今すぐ水門へ行き、水で体を洗い、その水門の蒲(がま)の穂をとって敷き散らして、その上を転がって花粉をつければ、膚はもとのように戻り、必ず癒えるだろう」と教えた。

その通りにすると、兎は回復した。そして感謝した。

別れ際にその兎は、「八十神は八上比売命を絶対に得ることはできません」と予言した。

その予言の通り、「八上比売命」は八十神の求婚を断り、「袋を持つあなたと結構しましょう」と言った。

八十神の迫害-1

八十神は、求婚を断られたうえに、嫌いな大穴牟遲神が結婚するということに腹を立て、大穴牟遲神を殺すことにした。

八十神は大穴牟遲神を伯耆国の手間(てま)の山本に呼び「この山に赤猪がいる。これを捕獲しようと思う。我々は上から猪を追うから、おまえは下で猪を捕まえろ。捕まえられなければお前を殺す」といった。

八十神は、猪のような形の石を真っ赤に焼いて、山の上から転がした。それを受け止めた大穴牟遲神は焼け死んでしまった。

母神はこれを悲しみ、高天原に昇って神産巣日之命に救済を求める。

キサガイヒメ(貝比売)ウムギヒメ(蛤貝比売)が地上に遣わされ、貝を削りおとして集め、母乳に似た蛤の煮汁で溶いて幹部に塗った。

大穴牟遲神は蘇生し、麗しい男となった。

八十神の迫害-2

大穴牟遲神の復活を知った八十神は、再び殺害計画を実行する。

大木を切り倒す。そして割れ目を作ってヒメ矢(楔)を打ち込む。その割れ目に大穴牟遲神を入れてヒメ矢(楔)を抜く。割れ目に挟まれて圧死するという寸法だ。

大穴牟遲神は、またもや八十神の策略に乗ってしまい、大木に挟まれてしまう。

そこに母神が現れ、木を割いて助け出す。そして「ここにいたら、また八十神にころされてしまう。」と言って、木国の大屋毘古神のもとに行かせた。

木国の大屋毘古神とは、一般的に紀伊国の五十猛命と同一神であるとされる。

五十猛命は、須佐之男命の子で、須佐之男命追放の際には共に高天原から天下り、新羅に渡ったのちに日本に帰り、大八洲に樹木を植えて回ったとされる木の神だ。

和歌山の伊太祁曽神社に祀られている。

根の国での須佐之男命との関わり、須瀬理比売との出会い、「国造り神話」は、次のページです!