大国主命(おおくにぬしのみこと)①

2017年8月24日

 

前ページでは、大国主の概要と因幡の白兎から八十神の迫害神話をご紹介した。

これから大国主命の神話は佳境に入っていくことになる。

根の国訪問

「八十神の迫害」に続いて、、

ところが、八十神は諦めない。木国まで押し寄せてきて引き渡しを要求してきた。

大屋毘古神は、ひそかに木の俣をくぐらせて「ここにいたら危ない。須佐之男神がいる根の堅州国に行きなさい。かの大神がなんとかしてくれるだろう」と言い、大穴牟遲神を逃してくれた。

根の堅州国に辿り着いた大穴牟遲神は、須佐之男命の屋敷を訪問する。そこで須瀬理比売命に出合う。

お互い目を合わせただけで、結婚の約束を交わす。強烈な一目ぼれである。

ところが須佐之男命は、「こんな醜男は葦原色許男神(あしはらしこお)と呼んだ方がいい」と言い、あまり歓迎ムードではない。

それどころか、多くの試練を繰り出してくる。

葦原色許男神が寝床としてあてがわれた部屋は「蛇の部屋」。これだけ多くの蛇に噛まれたらひとたまりもない。

すると須瀬理比売命がひそかに「蛇比礼」を渡し、「蛇が襲ってきたらこの比礼を三度振って下さいな。」と言った。

その通りすると、蛇はことごとく鎮まり、朝まで寝ることができた。

次の晩は、呉公(ムカデ)と蜂のいる部屋だ。ここも須瀬理比売命から渡された「呉公と蜂の比礼」を振ることで難を逃れた。

こやつなかなかやりよるわ!と須佐之男命が思ったかどうかは書かれていないが。。。

次なる試練は、広い野原に射込んだ鏑矢を探してくるという命令である。葦原色許男神が野原に入ると、須佐之男命は野に火を放って周囲を火の海にしてしまった。

火の海の中で困り果てていた葦原色許男神のもとに鼠が来て、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言う。これを「穴の内側は広い、穴の入り口はすぼまって狭い」と理解した葦原色許男神がその場を踏んでみると、やはりその通り。

地面の中に空いていた穴に落ちて隠れることができ、火をやり過ごせた。それどころか、鼠が鏑矢を咥えて持ってきてくれているではないか!

さすがに死んでしまったと思った須瀬理比売が葬儀の準備をする。一方、死体の確認をしようと須佐之男命が野原に入ると、、、

なんと葦原色許男神が鏑矢を持って立っているではないか!

試練はまだ終わらない。

家に入れ、自分の頭の虱を取るよう命じる。ところが髪の中にいたのは大量のムカデ。

須瀬理比売からもらった椋の実を噛み砕き、赤土を口に含んでは吐き出す。この音と赤土を見て、ムカデをかみ殺していると勘違いし、「なかなかかわいいヤツよ」と思いながら寝てしまう。

この隙にと、須佐之男命の髪を柱に括り付け、大きな石で部屋の扉を押さえる。そして生大刀、生弓矢、天詔琴の神器と須瀬理比売を背負って逃げようとした。

ところが、天詔琴が木に当たって鳴り響き、須佐之男命が目を覚まして追いかけて来てしまう。

しかし葦原中国に通じる黄泉比良坂まで追ったところで立ち止まり、こう言った。

「お前が持つ大刀と弓矢で、従わない八十神を山へ追い伏せ、川の瀬に追い払え!そしてお前が大国主、また宇都志国玉神になって、須瀬理比売を妻として立派な宮殿を建てて住め!この野郎め!」

出雲に戻った大国主は八十神を一掃し、須瀬理比売を正妻に迎える。

そして、宇迦の山のふもとの岩の根に宮柱を立て、高天原に届く様な立派な千木(ちぎ)のある新宮を建てて住み、国づくりを始めた。

大国主命の、誰にも好かれる性格、助けてもらえる人柄、力は強くは無いが頭がいい様子などが伺える。

また、須佐之男命の「乱暴者ではあるが男気あふれる人柄」も同時に描かれていて、私の好きな神話だ。

そしていよいよ、この時から葦原色許男神は、大国主神に名を変えることになる

さて、饒速日命(にぎはやひのみこと)が天降りする際に、天神御祖(あまつかみみおや)から授けられたとする「十種神宝」の中に「蜂比礼」「蛇比礼」がある。(先代旧事本紀)

これと、この神話に登場する「蛇の比礼」「呉公と蜂の比礼」が同一のものか、議論の分かれるところだ。

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大国主の国造り

大国主が出雲の美保岬にいたとき、蛾の皮をまとった親指ぐらいの小さな神が、海の彼方からガガイモの実で作られた天の羅摩船(あめのかがみのふね)に乗って現れた。

大国主はその小さな神に名を尋ねたが、誰もその名を知らなかった。

そこにヒキガエルの多邇具久が現れて、「これは久延毘古(クエビコ)なら知っているでしょう」と言った。久延毘古は山田のかかしで、歩行できないが、天下のことは何でも知っている神なのである。

久延毘古に尋ねると、「その神は神産巣日神の御子の少名毘古那神(すくなひこな)である」と答えた。

神産巣日神は少名毘古那を自分の子と認め、少名毘古那に「大国主と一緒に国造りをしなさい」と言った。

大国主と少名毘古那は協力して葦原中国の国造りを行った。

ところが、中つ国が豊かに発展していくための国土開発計画が順調に進み出したとたん、少名毘古那は常世に帰ってしまった

大国主は、「これから一人でどうやって国を造れば良いのか」と言った。その時、海を照らしてやって来る神がいた。

その神は、「我は汝の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)である。丁重に私を祀れば、国造りに協力しよう」と言った。

どう祀るのかと問うと、大和国の東の山の上に祀れ」と答えた。

このように、少彦名神(渡来神)の協力を得て、農耕・畜産を広め、医薬を充実させながら国を豊かにしていくことになる。

東の山の上に祀る幸魂奇魂は大物主神」として、現在、御諸山(三輪山)に鎮座し、大神神社より拝し奉る。

大神神社には大物主大神だけでなく、配神として大己貴命と少彦名命も合わせて祀られており、まさに国造りの神社といってよかろう。

さらには、久延毘古神は大神神社摂社の久延毘古神神社に「知恵の神様」として祀られている。

少彦名神は、医薬の神・呪いの神・酒造の神などとして、大神神社をはじめ多くの神社に祀られている。

 

このあと、有名な国譲りの神話「葦原中国平定」へと突入するが、それは別の記事でご紹介しよう。

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