多賀神社|八王子|西八王子の鎮守は、縁結びと子宝のパワースポットだ。

2017年8月10日

新撰組(甲陽鎮撫隊)解散の地としても知られる「多賀神社」は、東京都八王子市の西部に鎮座する旧郷社で、全国に200数十社ある多賀神社の一つであるが、東京都神社庁に所属する多賀神社は、こちらの神社のみである。

西八王子地区の鎮守である。ちなみに、東八王子地区の鎮守は「八幡八雲神社」

多賀神社の祭りを「上の祭り」、八幡八雲神社の祭りを「下の祭り」という。いずれの祭りも山車の巡行、辻合わせなどを行う。

上下の祭りは、もともとは別々に行われていた祭りであったが、現在では市民祭りである「八王子祭り」に合わせて、上下の祭りが同日に行われ、山車巡航が八王子祭りのメインイベントとなっている。

広告

多賀神社について

多賀神社 概要

  • 所在地   〒192-0051 東京都八王子市元本郷町4丁目9−21
  • 電話番号  042-622-8605
  • 主祭神  伊弉諾尊・伊弉冉尊
  • 創建年      938年
  • 社格   郷社
  • 公式HP    http://www.tagajinja.com/

多賀神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • JR中央線「西八王子駅」徒歩15分

駐車場

  • あり(無料)

多賀神社の祭神

多賀大社と同じく、伊弉諾尊と伊弉冊尊を祀る。

この二柱の神は、アダムとイブのようなもので、日本神話における初の夫婦となった神である。そして、この夫婦が日本の国土や、森羅万象すべてを司る八百万(やおよろず)の神々を産むのである。

その神産みの最後、禊祓の際に産まれたのが、天照大神・月読尊・スサノオ尊の三貴神である。

詳細は、国産み神話、神産み神話の記事を御覧頂ければと思う。

多賀大社の創建

天慶元年(938年)武蔵介として武蔵の国に赴任した源経基が、国土豊穣・万世安穏を祈願する為に、近江国の多賀大社から分祀し、当地に勧請したと伝わる。

その後、文應元年(1260年)幕府NO1の権力者「北条時頼」が国内巡行の折、この地で病に倒れた。多賀神社に古鏡一面を奉納して祈願したところ、病が治癒したことから、社領七反歩が寄進され、祈願所とされたと伝わる。

新撰組の解散の地としても知られている。

多賀神社の御利益

縁結び、子宝、子孫繁栄、家内安全は、夫婦神としての御利益、

健康長寿、病気平癒は、北条時頼の祈願所としての御利益、

厄払い、浄化は、禊祓の神「伊弉諾尊」の御利益といえよう。

スポンサーリンク

多賀神社 参拝記録

夏の暑い日である。JR中央線の高尾駅の一つ手前、「西八王子駅」を降りる。ここから北方向に徒歩で15分程度の元本郷町に向かう。

ますは、駅から南浅川の堤防に向かい、川沿いを下流に向けて進もうと思う。

千人町

国道20号線を渡ると「千人町」という住宅地である。この「千人町」という名称。そそられる。

調べると、

徳川幕府成立の際に、甲斐の国との国境を警護するために組織された「千人同心」の居住地。

千人同心は、平素は農民として生活しつつ警備活動にあたっていた。その職務の性格上、有事に備えて武術の鍛錬を重ね、多くの剣士を輩出したという。

その半士半農のあり方は「武士の鏡」と評される一方、幕府からは武士として認められていなかたという事実がある。

とはいえ徳川時代を通して幕府の庇護下にあり、徳川家への忠誠は強固なものであったという。

かの新撰組「近藤勇」も千人同心の家系、天然理心流の家元である。

ほどなく南浅川の堤防に出る。

▼南浅川堤防から、上流方面を見る

八王子城の方角だろうか、昭和天皇陵の方向になろうか。気持のいい風が吹き抜ける。

▼下流方向を見る

確かに、川は浅い。

さて、堤防沿いを下流方向に歩く。

▼水無瀬児童公園

水無瀬橋の手前にある児童公園。関東の土の色を御覧頂きたい。関西のそれと比べると黒い。

おそらくは、これが、かつて中学生の頃に習った「関東ローム層」というものなのだろう。

23区内では、地面を見る機会はほとんどない。

さあ、先を急ごう。この公園から神社は近いはずだ。

このまま堤防を歩くと、ほどなくマンションが見えてくる。そのあたりから右手には既に鎮守の森が見えているはずだ。

ディスカウントストア「シモダ」の前が神域の裏手にあたる。表に回り込もう。

社標と鳥居

▼多賀神社のガス灯風の街燈

鳥居の前に一対のガス灯風の街燈が設置されている。神社に街燈とは珍しいのではないだろうか。

参道には灯篭のように提灯が立ち並んでいるのだが、すべてに傘が設置されている。

この光景も面白い。

ガス燈に、和傘。楽しい神社である。

内参道と拝殿遠景

拝殿前の新築っぽい建造物(平成27年築とのこと)は、右手が「神札所」で左手が「祈祷待合所」である。

拝殿

こじんまりとしているが、重厚感のある拝殿である。

二礼二拍手一礼。天津祝詞奏上。

天津祝詞に登場する「伊弉諾尊」が祀られているのであるからして、おのずと気合いも入るというものだ。

風が一層強く吹いてきた。私の持論は「参拝時に起こるすべての事象は必然」なのである。

本殿

朱塗り、金金具、極彩色の彫刻。すべてがとても美しい本殿である。平成25年に修復されたらしい。

拝殿の右手にいくつかの社が鎮座している。

境内社

機守神社

八王子は機織りの街と聞いたことがある。となると「機守神社」は八王子になくてはならない産業振興の神ということになろう。

祭神は「天棚機姫尊」。「あめのたなばたひめのみこと」と読む。

岩戸隠れ神話に登場。天照大神に献上する「神衣和衣」(かむみそにきたへ)を織った女神である。

養蚕・機織・染色の神様である。

日枝神社と第六天神社

機守神社の隣に、祠が二つ。日枝神社と第六天神社である。

日枝神社

祭神は「大山咋神」(おおやまくいのかみ)。大いなる山の主という意味になろうか。大地と水を司る神である。

転じて農耕の神とも。

古事記によると、近江国の日枝山(比叡山)に坐す神、また松尾山に坐す神とし、それぞれの神山のふもとには日吉大社、松尾大社が創建されている。

関東では、赤坂の「日枝神社」が有名であるが、その勧請元の「川越日枝神社」は近江の「日吉大社」からの勧請である。

第六天神社

一般的に「第六天神社」は、神代七代の六代目「面足尊」 (おもだるのみこと)・「惶根尊」 (かしこねのみこと)の二柱を祀る神社が多いのだが。。。

「神代七代の神を祀る」とは宮司さんのお話し。聞き間違いなら申し訳ない。

七代目は、本殿に祀っている「伊弉諾尊」と「伊弉冊尊」であるから、この二柱を除く「6代9柱」を祀るということだろうか。

ちなみに、神代七代を列記しておく。

  1. 国常立尊(くにのとこたちのみこと)
  2. 国狭槌尊(くにのさつちのみこと)
  3. 豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)
  4. 泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)
  5. 大戸之道尊(おおとのじのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)
  6. 面足尊 (おもだるのみこと) ・惶根尊 (かしこねのみこと)
  7. 伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)・伊弉冉尊 (いざなみのみこと)

日本書紀と古事記とでは大きく異なる。それはまた別の機会に。。。

ご神木

境内には巨木が多い。中でも特徴的な、あるいは象徴的なと言おうか、2本の巨木をご紹介しよう。

▼根元が特徴的な「ご神木」。亀の頭のようなコブがある。

▼その斜め前方には、根元に穴があいている「ご神木」が。。。

この2本の巨木の突起と窪みという形状を見るにつけ、この神社には多くの神々を産んだ伊弉諾尊と伊弉冊尊の夫婦神が祀られていることを再認識させられる。そんなことを連想するのは私だけであろうか。。。

意外とこの2本のご神木、「子宝」のパワースポットかもしれない。。。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

スポンサーリンク