櫛玉比女命神社|奈良|古墳に鎮座する神社。秋祭りの戸立祭りは必見。

櫛玉比女命神社は、奈良県北葛城郡広陵町に鎮座する神社。延喜式神名帳に掲載ある神社を式内社と呼ぶが、当社は広瀬郡の式内社5座の内の一つに比定される古社である。

その本殿は前方後円墳の後円部分にあり、古墳信仰にもとずく古代の祭祀遺跡だという。

毎年10月末から11月初めにかけて行われる祭り「戸閉祭(戸立祭:とたてまつり)」は、突進するだんじりを拝殿ギリギリで止めるという勇壮な祭りとして有名。

 

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櫛玉比女命神社について

櫛玉比女命神社 概要

  • 所在地    奈良県北葛城郡広陵町弁財天399
  • 電話番号   0745-56-2594
  • 主祭神    櫛玉比女命
  • 社格     式内小社・村
  • 公式HP    

櫛玉比女命神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • 近鉄田原本線 箸尾駅 徒歩15分

車でのアクセス・駐車場

  • アクセスに問題なし
  • 駐車場なし

駐車場はないが、正面の道路の反対側にちょっとした路駐できそうなスペースあり。短時間なら駐車しても迷惑にはならないのではなかろうか。

櫛玉比女命神社 創建

創建年代は定かではない。

古墳上にあり、その古墳は聖徳太子の築造と伝わる。聖徳太子の築造であることが正しければ、そして築造してすぐの創建であるならば、当社の創建は早くて7世紀となる。

しかし、聖徳太子の築造である確証は、、、伝承以外に客観的根拠はない。

 

櫛玉比女命神社 祭神

現在の祭神は櫛玉比女命となっている。櫛玉比女命は記紀には登場しないため、その神格は不明だが、神名から察するに、

櫛=クシ=奇で、玉=霊力とするならば、櫛玉比女命=奇跡を起こす霊力を持つ女神、あるいは、奇跡を起こす力を持つ玉の神格化となろう。そしてそれは、玉造に係る氏族が奉じた神なのかもしれない。

一方、櫛玉比古命という男神もある。この神と男女の対になっていると思われるが、こちらもはっきりしない神で、玉造りに係る氏族の神という説と、天照国照彦火明櫛玉饒速日尊と同一神だという説がある。

当社では、櫛玉比女命は饒速日尊の妃の御炊屋姫であるという立場をとっているようだ。

御炊屋姫

神武東征の際、神武の大和入りを阻止し、最後まで服従しなかった国津神長髄彦の妹で、神武以前に大和入りしていた天孫饒速日尊の妻。物部氏・穂積氏の祖となる宇麻志摩遅命を生んだ姫

 

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櫛玉比女命神社 参拝記録

県道14号線を田原本から馬見丘陵方面へ車を走らせると、葛城川を越えるあたりで大鳥居が見えてくる。これが櫛玉比女命神社の大鳥居だ。

 

社頭

正面玄関には、かなり横長の〆柱。

拝殿前の広場は広い。寒い日であったが、境内に一歩入ると、外界とは違ったまったりとした空気が流れている。

拝殿

固い雰囲気の拝殿。大き目の千鳥破風からくる印象か。

拝殿から本殿を拝する。神鏡が据えられている。

この神鏡は、自らを写して自身の中にある神を拝することを目的とする。その一連の行為をすることで自らの行動や考えを自覚し反省する機会とするのだ。

二拝二拍手一拝。

本殿

1.5m程度の盛土の上に鎮座する神殿。江戸時代に建立されたものと聞く。古墳上にある神社であるからして、古墳祭祀遺跡であろうといわれている。となれば、古墳の被葬者が祀られた可能性は高いが、被葬者が櫛玉比女命であるかどうかは不明。

しかし、この盛土が前方後円墳の後円部?そうだとすると、とても小さい古墳だと感ずる。聞くところによると、この古墳については詳しい調査がなされていないようで、前方後円墳である確証もないらしい。

とはいえ埴輪が出土し、環濠跡も明確に残っているため古墳であることには間違いなさそう。

 

境内社

境内には4つの境内社がある。

弁財天社

境内の端に拝殿と白壁に守られた社がある。弁財天社だ。他の4つの境内社とは別格で祀られているので摂社の扱いか。祭神は市杵嶋姫命

1284年に、天河弁財天を勧請してこの地に祀ったという記録が残っている。その後、その弁財天(厳島神社)は宮司宅内で祀られていたという記録もある。

個人的には、宅内から神社境内に遷したものと推察するが、確証は全く無い。

ただ、当地の地名が弁財天村であったことからすると、櫛玉比女命神社も弁財天を祀る神社であるという認識の時代が長らくあったということになろうか。

社の下に置かれている石板は、いったいどのような由来のあるものなのだろうか。そそられる。

末社群

弁財天社の左側に4基の祠が並んでいる。

右から、、、

白山神社と熊野神社の合祀社

祭神の白山比咩命は菊理媛命と同一神とされる。イザナギと、死んだイザナミの最後の別れの場面で両神の仲を取り持ったことから、縁結びの神、商談成立の神などとされる。

祭神の熊野大権現は熊野三山に祀られる神々の総称で、トップ3を熊野三所権現と読んだり、全12神を総称して熊野十二所権現などという。ちなみにトップ3は、家津美御子(スサノオ)・速玉(イザナギ)・牟須美(イザナミ)である。

稲荷神社

祭神の豊宇気大神は、伊勢の外宮に祀られる豊受大神のこと。食物を司る神であるからして、五穀豊穣・商売繁盛の神となろう。

皇太宮

祭神は天照皇大神。太陽神にして、日本人の総氏神。伊勢の内宮に祀られる皇室の祖神であり、日本神道における最高位に君臨する女神様。

八幡神社と春日神社の合祀社

祭神の品陀和気大神とは、15代応神天皇のこと。応神天皇も皇祖神とされているのが不思議なところだが、論じだすと長くなるのでやめておこう。(実は、よく知らないだけ、、、)全国の八幡神社の主祭神。源氏の崇敬を受けたため武門の神として信仰を集めた

祭神の天児屋根大神は、中臣氏すなわち藤原氏の祖。天照大御神の岩戸隠れ神話で、天太玉命とともに歴史上初めての祀りを行って大活躍した神。祝詞の神、出世の神とも。

さあこれで、ひととおり参拝したことになる。

爆発的な何かを感じるようなことはなかったが、温度感の高めのまったりとした濃厚な空気が漂う落ち着ける場所であると感じた。

戸閉祭(戸立て祭)

当社の秋祭り「戸閉祭」は、奈良の秋祭りのフィナーレを飾るにふさわしく、その勇壮さが醍醐味の祭りである。祭りの名前は、村人が家の戸を閉めて祭りに参加したからだとか。

まずは、ハッピ姿のヤンチャ系の青年たちが、だんじりの前で歌いながら踊る。実に楽しそうだ。自身の若い頃を思い出されてなつかしさを感じる。

太鼓と鐘が早打ちに切り替わる。いよいよ始まるようだ。

若者はそれでも踊りながら綱を持ち準備に入る。しかし、まだ歌っている。

そこに、笛が鳴り響く。若者たちの目が一瞬で殺気を帯びたかと思うと一気に綱を引き拝殿に向かって突進だ。速度を緩めることはない。拝殿にぶつからんばかりに突っ込む。

弾き手は、だんじりと拝殿の石段に挟まれたら大変だ。波が打ち寄せるが如く勢いよく拝殿内へ駆け上がる。

だんじりは不思議と拝殿前でキッチリ止まっている。そして若者たちはというと、あの殺気を帯びた目はなく、うれしそうに飛び跳ねている。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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