江戸城跡|皇居|龍穴パワーを、風水・陰陽五行・神仏のご加護でさらにパワーアップさせた江戸城で元気をもらおう!

2017年6月28日

そんな優れた立地をさらに強化するために、比叡山延暦寺の高僧にして風水・陰陽五行に精通していた「南光坊天海」によって様々な仕掛けが施されているという。

都市伝説的要素が多分に含まれていると思われるが、話のタネに知っておいて損はないと考える。

江戸城に施された、風水思想や陰陽五行

玉帯水で、気を貯める

自然の地形に対して、水の流れに手を加えている。それが風水における吉相「玉帯水」。水が巻き込むように流れるのが良いとする考え方である。

江戸の北から西にかけてそびえる山々から龍脈に沿って流れ来る強力な気は、江戸の東を流れる川によって貯めこまれる。そして江戸周辺には、その強力な気を江戸城内へといざなうよう、渦巻状に治水が施されているわけだ。

▼江戸城周辺の川と濠の配置

 

川と濠が渦巻きのように城の中心に向かっているように見える。

鬼門に寺社を配置して、邪気を除く

  • 鬼門(北東)には東叡山寛永寺を建立。京都の比叡山に対して東の比叡山。よって東叡山。言霊である。
  • 裏鬼門(南西)にあった増上寺を徳川将軍家の菩提寺とし、江戸城の守護とした。
  • 鬼門に、大手門前にあった神田神社を、駿河台へ、さらに本郷台地の先端に遷宮。
  • 裏鬼門に、城内にあった日枝神社を赤坂門外に遷宮。
  • 裏鬼門に、久能山東照宮を創建。(裏鬼門とは言いにくい位置ではあるが。。。)
  • 帝王の座とも言われる北に、日光東照宮を創建して、久能山から家康の御魂を移して関東の守護とした。

▼江戸周辺の鬼門・裏鬼門の主要寺社

将門公の御魂によって、江戸を守護する

西の朝廷と対立した将門公は関東の地で「新皇」を名乗り独立を目指した。まさに坂東の英雄であり守護神である。

この将門公を祀る神社を主要街道に配置することで、邪気の進入を防いだとする説がある。

  1. 鎧神社(鎧・体)・・・四谷門?・・・甲州街道を守護?
  2. 水稲荷神社(調伏の呪詛)
  3. 筑土八幡神社(頭)・・・牛込門・・・川越街道・上州街道へ繋がる脇街道を守護
  4. 神田明神(頭)・・・筋違門・・・中山道を守護
  5. 将門塚(頭)・・・大手門・・・江戸城の正面玄関を守護
  6. 兜神社(兜・頭)・・・虎ノ門?・・・東海道を守護?
  7. 鳥越神社(頭・手)・・・浅草橋門・・・奥州街道を守護

しかし、城門の位置と神社の位置に大きなズレがある。どうだろうか。

城門との関係は、それとして、神の体をバラバラにして祀るという手法は、天津甕星神をバラバラにして怨霊を封じたという手法と同じである。すなわち、将門公の体をバラバラにして祀ることで、強烈な怨霊を封じ込んでいると考える。

上記の7社の中で、1社だけ他とは違う社があるのだが、おわかりだろうか。そう「水稲荷神社」だけが将門公を祀っているのではなく、将門公を調伏した神社なのである。

この7社を線でつなぐと「北斗七星」をあらわしていることが分かる。そして「水稲荷」が頭と体を分断しているようにも見えるのだ。

▼代表的な門と将門公を祀る神社の配置

五行の不動尊によって、江戸を守護する

江戸城の周囲には、目黒・目白・目赤・目青・目黄という五色の不動尊を祀る寺院があり、それぞれの開基年代は平安から鎌倉、室町時代と幅広いが、天海の助言により三代将軍家光公が五色を指定したと伝わる。

▼五色不動の配置(江戸初期の配置)

いずれも、江戸城外に位置し、江戸城下を取り囲んでいるように見える。

目黄不動と目青不動は、家光の時代に存在したかどうか異論があるため、点線にしておいた。

将門公と不動明王との関係を考えた時、将門公の霊力で江戸の町を守護しつつ、一方で不動明王の霊力により将門公の祟りを封じ込むという図式が見え隠れするのだが、いかがだろうか。

 

このように、江戸は風水上極めて素晴らしい自然地形を持ちつつ、人工的に水の流れを作ることで大地の気を極限にまで集め、さらには神仏を効果的に配置する。

まさに「南光坊天海」によって計画された、完璧な「首都」たる街である。

前置きが、恐ろしく長くなってしまった。そろそろ訪問記録に入りたいと思う。

 

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