闘鶏神社|和歌山|南紀田辺に鎮座する熊野三山の御魂

2019年1月16日

闘鶏神社は、和歌山県田辺市に鎮座する神社。

田辺宮、新熊野、権現さんと称されたように、熊野三山から全ての祭神が勧請された、いわば熊野の田辺別宮のような位置づけの神社である。

京から淀川をくだり難波の渡辺津へ。ここから熊野詣が始まり、紀伊山地の入口「藤白神社」を経由して海岸線の紀伊道を南へ南へと下る。

そして辿り着くここ田辺が、中辺路と大辺路の分岐点。まさに熊野三山への入口となる場所だった。

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闘鶏神社について

闘鶏神社 概要

  • 所在地   和歌山県田辺市東陽1−1
  • 電話番号  0739-22-0155
  • 主祭神   伊邪那美命、他
  • 創建年      413年(伝)
  • 社格   県社・別表神社
  • 公式HP    なし

闘鶏神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • JRきのくに線「紀伊田辺駅」徒歩10分

駐車場

  • あり(有料)
  • 今回参拝時(1月10日)道路をはさんで境内北側に無料駐車場あり

闘鶏神社の創建

19代允恭天皇8年(413年)、熊野権現を勧請したのが始まりという。

本格的に熊野別宮となったのは、平安時代後期の保安年間(1120年間前半)。

当時の熊野本宮大社の社僧で18代熊野別当だった「湛快」が、田辺地方に進出し、熊野本宮の別宮として「新熊野十二所権現神社」を創建。「湛快」の子である「湛増」が田辺の別当となる。

ちなみに、源義経の家来となった「弁慶」は、この「湛増」の子であると伝わっている。

闘鶏神社の名称由来

源平合戦として知られる「治承・寿永の乱」の時のこと。熊野本宮の管轄にある熊野水軍を味方につけるため、源氏と平氏の両陣営から誘いがあった。

田辺別当「湛増」は「源氏と平氏のいずれに与するのがよいか」を占うため、社地にいた鶏を紅白に分けて戦わせた。

その結果、白組の鶏が勝ったため源氏に味方することに決め、熊野水軍を率いて壇ノ浦に出陣。

それ以降「闘鶏権現」を称した、という伝承によるもの。

闘鶏神社の祭神

創建由来からして、熊野十二所権現が祀られているはずだ。

本殿に主祭神格として「伊邪那美命が祀られ、本殿の西に1棟、本殿の東側に4棟。合わせて6棟の社殿が造営されており、それぞれ次の神々を祀っている。境内奥から順に列挙していくと、、、

  • 西殿・・・を祀る。
  • 本殿・・・伊邪那美命を祀る。
  • 上御殿・・・伊邪那岐命・天照皇大神・宇賀御魂命を祀る。
  • 中御殿・・・瓊々杵尊命・鵜草葺不合命・火々出見尊・天之忍穂耳命を祀る。
  • 下御殿・・・火産霊命・弥都波能売命・稚産霊命・埴山比売命を祀る。
  • 八百萬殿・・・手力雄命・八百万神を祀る。

なんと、本宮の主祭神「家都御子神(けつみこのかみ)」すなわち「素戔嗚尊」が祀られていない。まさかとは思うが、八百万神にまとめられているのだろうか。

闘鶏神社のご利益

やはり、熊野の力で合戦に勝ったということで「勝運の向上が挙げられる。

また、熊野三山を参拝したことと同じご利益が頂けるという、なんとも便利なシステムが構築されている。

となれば、無病息災、長寿、所願成就・夫婦円満・縁結び・商売繁昌・開運招福・衆災消除、無病息災・交通安全・大漁満足・心願成就、、、と多岐にわたる。

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闘鶏神社 参拝記録

闘鶏神社はJR紀伊田辺駅の南東およそ400m、仮庵山を背にして鎮座している。

この仮庵山で古代祭祀場跡が発見されていると聞く。

一の鳥居

右奥の木々が生い茂る山が仮庵山。

そして鳥居の右側が駐車場。ここは有料である。

二の鳥居

立派な石製の明神鳥居。

拝殿

本殿の前に建てられた拝殿。神前に立つと、澄んだ冷たい空気が流れ出てくる。

二拝二拍手一拝。

本殿

厳かである。江戸時代の建造物と聞く。

東に連なる神殿

本殿の東側に流れる御殿群。一番手前が八百万殿で、その次が、、、

どれがどれかわからなくなってしまった。。。

西殿

東側の御殿群は二重の垣塀によって近づくことが出来なかったが、西殿だけはここまで近づくことが出来る。

本殿の西側にはこの西殿のみ。他の御殿は全て東側。西殿だけ特別感がある。

祭神は、速玉之男命・事解之男神。

そういえば、速玉之男命の正体は素戔嗚尊で、事解之男神の正体は大歳尊(饒速日尊)であると聞いたことがある。

そうか、ここに「速玉之男命」が祀られているから、「家都御子神(けつみこのかみ)」すなわち「素戔嗚尊」が祀られていると言い換えることが出来るわけだ。

合点がいった。

境内社

玉置神社

手置帆負命を祀る。大工、船大工の神である。漁業の町には欠かせない神様だ。

十日戎神社

戎神と大国神の両神を祀る「十日戎神社」。間違いなく商売繁盛の神である。

木槌が置いてあった。参拝者は一様に木槌でテーブルをバンッと1回叩いてから参拝しておられた。

大阪の今宮戎では、本殿裏でドラをたたいて「えべっさん、たのんまっせ~」と叫ぶ。耳が遠くなったえべっさんに、ちゃんと願いを聞いてもらえるように。

あれと同じような風習なのだろうか。

雞姫弁財天

祭神は「市杵島姫命」。もともとは弁財天が祀られていたが、明治維新の神仏分離によって、祭神を市杵嶋姫命に変更した。

ご神木の大楠

推定樹齢1200年。老木であるがゆえに「延命長寿・無病息災」のご利益を求める。

楠の下に立って、楠の葉を歯痛の患部につけて念じると、歯痛が治るという。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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