建神社|つるぎ町|剱山の山里に鎮座する式内社

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建神社は、徳島県美馬郡つるぎ町半田に鎮座する、延喜式神名帳に掲載された式内社である。

徳島県を東西に流れる大河「吉野川」から少し南の山中に入ると、その支流「半田川」沿いに細長い集落があり、そこに鎮座する。

いわゆる「村の鎮守の神様」という形容がピッタリと当てはまる佇まいである。

建神社の祭神

建神社の祭神は「素戔嗚尊」である。

こちらもご多分に漏れず、かつては「牛頭天王」を祀っていたという。疫病除けの神だ。

また一説には、日本武尊が祀られていたとも。

建神社の創建

創建年代は不明。

この集落にある神社は、他に「稲荷大明神」「八坂神社」があるが、いずれも勧請系の神社である。

よって、この建神社が最も古いと思われる。ここに集落ができた時に創建されたものと想像する。

建神社のご利益

ご利益はというと、厄払い、病気平癒、そして交通安全。

しかし氏子さんに対しては、五穀豊穣・家内安全など含め、ありとあらゆるご利益をもたらすと考える。

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建神社 参拝記録

吉野川沿いを走る国道192号「伊予街道」を徳島から三好に向かって走る。

阿波半田駅を過ぎたあたりを左(南)へ、県道256号を走る。600mほど走ると県道257号との分岐点に差し掛かる。

ここを直進すると257号なので、左折する。

あとは道成り。川沿いに神社が見えてくる。

境内は川と道路に挟まれた細長い土地だ。鳥居と社殿の間の左右が駐車スペース。私が訪れた時、参拝者は皆無だったが車だけが4台止まっていた。

近隣の人達の臨時駐車場になっているのだろう。それも許される、優しい集落なのだ。

鳥居

かつては、川沿いに長い参道が作られていたのだと思うが、今では鳥居の前は行き止まり。

随神

普通、鳥居には狛犬が配置されているものだが、こちらの神社は鳥居の外側に狛犬、鳥居の内側には随神が配置されていた。

15時頃の参拝であったが、日が短い季節でありかつ山中ということもあって薄暗く、少しく気味悪く感じたのは否めない。

拝殿

なかなかに立派な拝殿である。もちろん木造。近づくと、これまた、なかなかに年期が入った建物である。

二拝二拍手一拝。

本殿

立派な拝殿に比べて、本殿は小さい。

さらに、幣殿のトタン板・本殿の雨風除けの塩ビの波板・動物除けだろうか緑の金網が相まって、冬の夕方特有の「もの悲しい雰囲気」に、侘しさをも付け加えてくれている。

最後に

神社の東側の山中に、半田天皇という地名を見つけた。

天皇などという地名は畏れ多いではないかと思い、調べてみると、、、

 

平安時代末期、以仁王の挙兵に始まり、源氏と平氏の決戦「壇ノ浦」で終了した「治承・寿永の乱」。

この壇ノ浦の合戦で、三種の神宝の一つである「草薙の剣」を抱いて入水し崩御されたとされる「安徳天皇」(当時8歳)が実は生き延びており、平氏の落ち武者に守られて16歳まで生きたという伝承が日本各地に残っている。

その中のひとつが、ここ「美馬郡つるぎ町」なのである。

そもそも、この「つるぎ町」の町名は、この奥に聳える「剣山」から得ているのだが、かつてこの山は「太郎山」と呼ばれていた。

落ち延びた安徳天皇が、隠し持っていた「草薙の剣」を山頂に納めたため、それ以降「剣山」と改称されたという伝承だ。

となれば、草薙の剣(天叢雲剣)を八岐大蛇から取り出した「素戔嗚尊」が祀られていることにも納得するのである。

いずれにしても、この半田の山深くに、安徳天皇が身を隠していたのではないかと考えた時、この集落が醸し出す「ものが無しさ」の由縁を感じた気がした。

そして、平和な世の中に生まれた幸せに感謝する私であった。

建神社 概要

  • 所在地   徳島県美馬郡つるぎ町半田字逢坂62
  • 電話番号  
  • 主祭神   素戔嗚尊
  • 創建年      不明
  • 社格   村社
  • 公式HP     なし

建神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • JR徳島線「阿波半田駅」徒歩15分

駐車場

  • あり(無料)