五十猛命(いそたけるのみこと・いたけるのみこと)

2018年4月9日

五十猛命は日本神話に登場する神である。須佐之男命の御子とされ、大八洲に木を植えてまわった神であることから、「木の神」とされている。

五十猛命の神名

  • 五十猛命(いたける・いそたける)>>> 日本書紀
  • 大屋毘古神(おおやびこ)>>> 古事記の「八十神の迫害」で登場し、大国主命を助ける。
  • 伊太代神(いたてのかみ)>>> 播磨国風土記で、神功皇后の三韓征伐における船の舳先に祀られた神。
  • 射楯神・伊達神(いたてのかみ)>>> 神社伝
  • 有功神(いさおしのかみ)>>> 日本書紀

五十猛命の神格

  • 木の神
  • 林業の神
  • 船の神

とはいうが、元々(本来の名)は「いたて」と呼ばれていて、「いたて」に「たける」を付けて「いたける」となったと想像する。

それも、「日本武尊」の「武:たける」ではなく「猛:たける」を使うということは、すなわち征服者あるいは最強の軍神なのだろう。

五十猛命のご利益

  • 林業守護
  • 造船守護
  • 海上安全
  • 大漁
  • 商売繁盛
  • 開運招福
  • 悪疫退散
  • 厄除け
  • 戦勝守護

五十猛命の系譜

  • 父>>>素戔嗚尊(すさのおのみこと)
  • 妹>>>大屋津姫命(おおつやひめ)・柧津姫命(つまつひめ)

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五十猛命が登場する神話

古事記に登場する「大屋毘古神」が五十猛命と同一神とされている。

八十神の迫害

蘇った大穴牟遲神に対して、八十神達は殺害計画を再び実行する。

大木を切り倒して割れ目を作り、楔を打ち込む。その割れ目に大穴牟遲神を入れて楔を抜と。。。バチン!!と割れ目に挟まれて圧死する計画だ。

大穴牟遲神は、またもや八十神達の策略に乗ってしまう。大木に挟まれてしまうわけだ。

そこに母神が現れて助け出された。母神は「ここにいたら、また八十神にころされてしまうでしょう。」と言って、木国の大屋毘古神のもとに行かせた。

ところが八十神は諦めず、木国まで押し寄せてきて引き渡しを要求してきた。

大屋毘古神は、ひそかに木の俣をくぐらせて「ここにいたら危ない。須佐之男神がいる根の堅州国に行きなさい。かの大神がなんとかしてくれるだろう」と言い、大穴牟遲神を逃してくれた。

日本書紀 第八段 第四節

ある書によると、

素戔嗚尊の所業があまりにも酷かったので、諸神は素戔嗚尊に沢山の宝物を献上させて、遂には高天原から放逐した。

素戔嗚尊はその子である五十猛命を率いて新羅国に降り、曾尸茂梨(そしもり)という所に住んだ。

素戔嗚尊は「この土地、私は居たくない」と言って、埴土で船を作り、それに乗って東に進み、出雲国の簸川(ひのかは)の川上にある鳥上之峯(とりかみのたけ)に到った。

(ここからオロチ退治・草薙剣の発見の説話が入り、、、)

話を元に戻そう。

五十猛命が天降りるとき、沢山の樹木の種を持って降りたのだが、新羅では蒔かずに全部持ち帰り、筑紫国から始めて大八洲の国中を回って樹木の種を蒔いた

なので、青々と樹木が生い茂らない山は無いほどになった。

この功績によって、五十猛神を有功之神(いさをしのかみ)と呼ぶのである。

紀伊國(きのくに)におられる大神がこの神である。

日本書紀 第八段 第五節

ある書によると、

素戔嗚尊は「韓国の島には金銀がある。もし我が子が治める国に浮寶(船)が無ければ良くないだろう」と言い、

髯を抜き散らすと、杉の木になった。また、胸の毛を抜き散らすと、檜になった。尻の毛は、柀(まき)になった。眉の毛は、櫲樟(くす)になった。

そして、用途を定めた。

杉と櫲樟の二つの樹木は浮寶(船)とせよ。
檜は宮殿を作る木材とせよ。
柀は人民の奥津棄戸(おきつすたへ:棺桶)の材料とせよ。
また、多くの食用の木の種は、皆で播いて育てなさい。

素戔嗚尊の子を五十猛神と言い、妹を大屋津姫命(おほやつひめのみこと)、次が柧津姫命(つまつひめのみこと)と言う。

この三柱の神も、樹木の種を国中に蒔いた
そして三柱の神は紀伊国に渡って、そこで祀られている

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五十猛命が祀られている神社

伊太祁曾神社

五十猛命を主祭神とし、大屋津姫命、柧津姫命も左右の神殿に祀っている。