椿大神社と椿岸神社|鈴鹿|願いが叶う「かなえ滝」。導きの神が鎮まる神域は祓いと浄化のパワースポットだ!

2018年9月3日

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椿大神社(つばきおおかみのやしろ) 概要

「椿大神社」は、鈴鹿山脈の南部にそびえる「入道ケ嶽」を神山とする、延喜式神名帳に記載される式内社で、伊勢国一之宮とされている。

全国に2000社ある「猿田彦神」を祀る神社の総本宮とされ、「地祇猿田彦大本宮」と尊称される古社である。

同じ神域に妻神「天細女命」を祀る「椿岸神社」があり、こちらは女性からの信仰が特に篤い。

  • 所在地    三重県鈴鹿市山本町字御旅1871
  • 電話番号   059-371-1515
  • 最寄り駅   JR関西本線 加佐登駅からバスで40分
  • 駐車場    無料駐車場あり
  • 主祭神    猿田彦神
  • 創建年           垂仁天皇27年(紀元前3年)伝
  • 社格     伊勢国一の宮、式内社、旧県社、別表神社
  • ご利益        道開き・開運・厄除け・浄化・縁結び・夫婦和合・子宝
  • 公式HP    http://tsubaki.or.jp/

椿大神社のMAP

三重県鈴鹿市山本町字御旅1871

 

椿大神社の祭神

主祭神は「猿田彦大神」

相殿に「瓊々杵尊」「栲幡千々姫命」を祀り、配神に「天細女命」「木花咲耶姫」を祀る。

さらには、前座として「行満大明神」を祀っている。

猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)

猿田彦命。神話「天孫降臨」で登場する。

天孫「瓊々杵尊」が高天原から葦原中国に降りる際、四方八方に枝分かれする分岐点に、一柱の男神が待ち受けていた。

その風貌は、鼻が異様に長く、背丈は2メートル、眼光鋭くホオズキのように輝いており、高天原から葦原中国までを照らしていた。

不審に思った「瓊々杵尊」は、「天細女命」に「いったい誰なのか何の用なのか、確認してきなさい」と命ずる。

この大きな男神が答えるに、「名は猿田彦伊勢に住む”国津神”で、天孫の道案内役として葦原中国から迎えにきた。」

猿田彦命の先導によって、無事に高千穂の峰に降り立つことができたという。

その後、故郷の伊勢に戻って「天細女命」とともに開拓に勤しんだ。

というわけで、道開きの神、導きの神として祀られる神である。また、道つながりで「道祖神」と習合したようで、集落の守護神、厄病・悪霊除けの神として祀られる側面も持つ。

さて、その風貌なのであるが、「鼻が高く、背も高い、眼光鋭く、赤く光っている・・・」

ここから「天狗」のモデルとなっていくのだが、もしこの風貌が正しいとするなら、現代でいえば、少なくとも東洋人の風貌ではない。西洋から中東アジアあたりの風貌と言えよう。

猿田彦命・天狗・西洋か中東アジア・・・

瓊々杵尊(ににぎのみこと)

天照大神の孫。皇統における、「最初に地上に降り立った神」という位置づけである。

主祭神「猿田彦大神」との関係は、前述の通り。

兄弟に、海部氏・尾張氏が祀る神「天火明命」がいる。

栲幡千々姫命(たくあたちぢひめのみこと)

高皇産霊神(造化三神の一柱)の娘、あるいは孫

天照大神の子「天忍穂耳命」と結婚して「瓊々杵尊」と「天火明命」の産む

機織りの神、子宝・安産の神として祀られる。

天細女命(あめのうずめのみこと)

前述の天孫降臨神話に加えて、岩戸隠れ神話にも登場する。

岩戸に隠れた天照大神を引きずりだす作戦の一翼を担う。

担当は踊り。それも裸踊り。面白おかしくもエロティックに踊り狂った。

その踊りに八百万の神々は大喜び、宴は大いに盛り上がった。

そして、岩戸の中に潜む天照大神が外の様子を見ようと岩戸を少し開いた、そのすきに。。。

長くなるので割愛する。

芸能・俳優の祖。あるいは踊り狂うという側面から、「神懸かり」すなわち巫女を神格化した姿であるとも。

猿田彦大神と結婚したとされ、縁結び・夫婦和合・子宝のご神徳も併せ持つ。

ここ椿大神社の神域内にある別宮「椿岸神社」の祭神である。

木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

日本の山を統括する、大いなる山の神「オオヤマツミ」の娘神である。

富士山本宮浅間大社の主祭神であり、そちらでは富士山の噴火を抑える「水の神」として祀られている。

天孫「ニニギ尊」の妻であり、三柱男神を産んだことから、妻の守護神、安産の神、子育ての神として、神宮「内宮」神域内子安神社に祀られている。

また、その三柱の男神が生まれた際に、オオヤマツミ神が甘酒を造ったという説話からオオヤマツミ神は「酒解神」(酒造の神)ともされているのだが、

その娘であるから木花咲耶姫命も「酒解子神」とされ、父と同じく酒造の神として、二十二社の一つ「梅宮大社」に祀られている。

行満大明神

猿田彦大神の子孫とされ、かの役行者を修験道に導いたとし、神道修験の元祖と言われているが、史実には無い。

修験道の元祖であるからして、修行・学業・事業・目的達成守導の神として信仰されている。

しかし、「前座」という祀り方は珍しい

猿田彦大神と行満大明神

先ほど、猿田彦命は天狗のモデルとされるようだと申し上げた。

さて、修験者と天狗の風貌は似ている。修験者をモデルにして天狗が描かれているのだろうから、似ていてあたりまえなのだが。修験者=天狗と考えたくなる

さらに、修験者が頭にのせる「頭襟」は、ユダヤ人が祈る時に頭にのせる「ヒラクリティ」と同じ形状をしている。

このことや、ユダヤ教の祭祀場の構造や配置が、日本の神社と似ていることなど、ほかにも様々な日本とユダヤの類似点をあげて、「日ユ道祖論」などが展開されている。

すなわち、天狗=修験者=ユダヤ文化と考えたくなるのである。

さあ、前述の「猿田彦命・天狗・西洋か中東アジア・・・」これに、行満・天狗・ユダヤを合わせて考えた時、

猿田彦命=天狗=ユダヤ=修験者=行満と考えたくなるのである。

実は神道の神である「猿田彦命」はユダヤ人であり、行満大明神は猿田彦命の「修験者としての側面」すなわち「ユダヤ教信者としての側面」なのではなかろうかと。。。

だから前座。古事記・日本書紀に描かれる以前のサルタヒコの姿という意味である。

違うかな。。。

椿大神社の創建

社伝によると、

往古神代、神社の背後に続く高山(入道ケ嶽)・短山(椿ケ嶽)を天然のやしろ(ご神体)として、高山生活を営まれたクニツカミ猿田彦大神を祀った。

引用:椿大神社HP

これが創建ということになろう。

そして、社殿が造営されたのが、

人皇第十一代垂仁天皇の二十七年秋(西暦紀元前三年、倭姫命の御神託により、この地に「道別大神の社」として社殿が奉斎された日本最古の神社である。

仁徳天皇の御代、御霊夢により「椿」の字をもって社名とされ、現在に及ぶ。

引用:椿大神社HP

としている。

椿大神社のご利益

社伝を引用させていただこう。

猿田彦大神は、天照大神との幽契により、天孫を先達啓行、皇大神宮の永久御鎮座の大宮所をもお定めになられたことから、

地上に生きとし生けるものの平安と幸福を招く「みちびきの祖神さま」と崇敬されています。

地球国土、土地家屋敷安泰守護、地鎮祭をはじめ、

建築、方災解除、厄除開運、家内安全、無病息災、交通安全、旅行安全、商売繁昌、家運隆昌、良縁子孫繁栄、進学修業、事業成就などにご霊験あらたかと信仰されております。

引用:椿大神社HP

実に、多岐にわたるのである。

椿大神社のお守り

「絆まもり」は、別宮の椿岸神社でもとめたものだが、家族やグループで持ち合うことで絆が深まるというお守りだ。

娘が所属する中学の駅伝メンバーがちょうど5名。お土産にもぴったりだ。「氣魄まもり」「かなえ守り」と合わせて、優勝を目指すという。

しかし、「氣魄まもり」「かなえ守り」は自分だけ。メンバーの分は無い。。優勝は果たせるのだろうか。。。

5歳の息子君は、天狗の面の鈴守りと、8角形の「みちひらき守」。そのフォルムが気に入ったようだ。

「みちひらき守」の裏面は方位盤のデザインになっている。息子にはゲーム盤のように見えたのだろう。

 

参拝記録は、次のページで記載するとしよう。