飛鳥坐神社|奈良|飛鳥の神奈備

飛鳥坐神社は、奈良県の高市郡明日香村にある神社。延喜式神名帳に記載ある式内社で、中でも名神大社に列する格式高い神社である。

毎年2月に行われる「お田植祭」(おんだ祭)は、稲作における「種付け」を、男女の営みの「種付けと」掛けた踊りが奉納される、いわゆる「奇祭」として有名で、それもあってか、境内には男根に似た形の石が数多く奉納されている。

近くには、アルカイックスマイルを湛えた飛鳥大仏で有名な「飛鳥寺」、不思議な「亀形石造物」「酒船石」があり、石舞台古墳も徒歩圏内と、古代の歴史ロマンを感じることができるエリアとなっている。

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飛鳥坐神社について

飛鳥坐神社の祭神

現在の祭神は、事代主神・高皇産霊神・飛鳥神奈備三日女神(賀夜奈流美乃御魂)・大物主神の4柱となっている。

事代主神(ことしろぬし)

記紀によると大己貴神(大国主命)の御子。出雲の国譲り神話に登場する。

建御雷神と経津主神が大国主神に対し国譲りを迫ったとき、大国主は美保ヶ崎で漁をしている息子の事代主神が答えると言った。そこで建御雷神が美保ヶ崎へ行き事代主神に答えを求めると、事代主神は「承知した」と答えて、船を踏み傾け、天ノ逆手を打って青柴垣に変えて、その中に隠れてしまった。

国を譲ることにした大国主命は「天津神に国を譲るに際しては、我が子の事代主神が先頭に立てば180人の我が子たちはすべて天津神に従うだろう。」と言ったという。

このようなことから、天孫を守護する神として祀られるようになった。

高皇産霊神(たかみむすび)

高御産巣日神、高木神とも。

古事記においては、天地開闢のとき初めに現れた天御中主神に続いて現れたのが高御産巣日神と神御産巣日神とされ、この三神を造化三神と呼び、最も貴い神としている。

常に高天原におり、重要案件の際には必ず登場し、天照大御神を補佐して政治的決断を下していくという立場で描かれる。そういう意味では、天照大御神と高皇霊産神のどちらが最高神なのかわからない。

また、高皇霊産神の娘が天照大御神の息子「天忍穂耳尊」と結婚して生まれた子「瓊瓊杵尊」が高天原から天下り、地上世界の最初の皇孫となったというから、史上最初の皇室の外戚と言えよう。

飛鳥神奈備三日女神

賀夜奈流美の神霊を飛鳥神奈備三日女神と称して祀っている。

賀夜奈流美は、記紀には登場しない神。登場するのは「出雲国造神賀詞」のみ。

出雲国造神賀詞
出雲国造が新任されたとき、出雲国で1年間の潔斎に入り、その後に天皇の前で奏上した神賀詞。内容は、出雲国造の祖神がいかに天皇家に対して功績を残したかをアピールする内容となっている。

その中で、次のようなことが奏上されている。

大穴持命(大国主命)が申すには、

皇孫が鎮座するこの国を大倭国といい、
自分の和魂を八咫鏡に依りつけて
倭大物主櫛厳玉命という名を称して大三輪の神奈備に祀り
我が子の阿遅須伎高孫根命の魂を葛城の鴨の神奈備に祀り
事代主命の魂を宇奈提(うなて)に祀り
賀夜奈流美命の魂を飛鳥の神奈備に祀って
皇孫の守護神といたしましょう

と申して、杵築宮(出雲大社)に鎮まりました

このように、

大国主命は、自分の分身として大物主命を三輪に祀り、自分の子であるアジスキタカヒコネ・コトシロヌシ・カヤナルカミをば、それぞれ、

  • 阿遅須伎高孫根命・・・葛城の鴨 <現:高鴨神社>
  • 事代主命・・・宇奈提 <現:河俣神社>
  • 賀夜奈流美命・・・飛鳥の神奈備 <不明:遷座して飛鳥坐神社>

に祀ったということだ。

すなわち、賀夜奈流美命も大国主神の御子の内の一人と言える。がしかし、その正体は明らかにされておらず、

  • 高照光姫命(先代旧事本紀:事代主の同母妹)
  • 下照姫命(記紀:阿遅須伎高孫根命の同母妹)
  • 鳥鳴海神(大国主と鳥取神との子)
    「とりなるみ」と「かやなるみ」が似ているため??

ともいわれている。

但し、鳥鳴海神は男神なので、当社が賀夜奈流美命を「飛鳥神奈備三日女神」としていることと相違する。

大物主神

桜井市の三輪山に鎮まる神。記紀を総合すると、大物主神は大国主神の和魂とも幸魂奇魂とも。すなわち分身のようなものか。

和魂といいながら実は畏ろしい神で、次のような神話がある。

10代崇神天皇の御代に、天変地異や疫病で国民の多くが死ぬという事態に陥った。

そんな時、天皇の夢に大物主神が現れ「これは我が心である。我が子孫の太田田根子に我が御魂を祀らせよ。しからば神の気起こらず国は安らかとなろう」と言った。

そこで天皇が「太田田根子」を探し出して祭主としたところ、天変地異も疫病も収まった。

なんと、祟り神なのである。

飛鳥坐神社の創建と歴史

創建年代は定かではないが、前述の出雲国造神賀詞の通りだとすると、

●神代に大国主命によって飛鳥の神奈備に賀夜奈流美命を祀ったのが創祇」

と考えるのが妥当であろう。

文献の初見となると、日本書紀の朱鳥元年(686年)に、

●7月5日、紀伊国の国懸神・飛鳥4社・住吉大神に幣を奉った。

と見える。

ここことから、少なくとも飛鳥時代には存在していたということになろう。そしてその時すでに、祭神は4座であったということになる。

時代は下り、日本紀略の天長6年(829年)3月条に、

●賀美郷甘南備山飛鳥社を同郡同郷の鳥型山に遷座させた。これは神託によるものだ。

とある。

まとめると、

神代に、賀美郷の甘南備山に賀夜奈流美命が祀られ、いつのころからか出雲国造神賀詞に登場する他の3神も祭神に加わった。そして平安時代の初期に、賀美郷の甘南備山から鳥型山に遷座された。

ということになろう。

祭神4座の変遷

ちなみに、祭神4座は、時代時代に変化したようで、古い順に列記すると、

  1. 平安末期の「大神分身類社鈔」・・・ 事代主命・高照光姫命・木俣命・建御名方命
  2. 室町中期の「五郡神社記」・・・ 大己貴命・飛鳥三日女神・味鋤高彦神・事代主神
  3. 江戸末期の「社家縁起」・・・ 事代主命・高照光姫命・建御名方命・下照姫命
  4. 現在の祭神・・・事代主神・高皇産霊神・飛鳥神奈備三日女神・大物主神

となる。

木俣命は大国主命と八上姫命との子。建御名方命は大国主命と高志沼河姫との子。

私としては、先の「出雲国造神賀詞」に登場する4柱、すなわち、、、倭大物主櫛厳玉命、阿遅須伎高孫根命、事代主命、賀夜奈流美命が望ましいと思うところであり、

そういう意味では2.室町中期「五郡神社記」の言う祭神が私の意に沿う祭神構成となろう。

飛鳥の神奈備ってどこ?

もともとの鎮座地、すなわち前述の「出雲国造神賀詞」に出てくる「飛鳥の神奈備」はどこか?いくつかの候補地がある。

  • 雷丘・・・明日香村雷にある小山
  • 天神山・・・酒船石の北辺りにある小山。
  • ミハ山・・・フグリ山とも。明日香村祝戸にある小山。山頂に磐座様の岩あり。
  • 加夜奈留美命神社・・・栢森遷座のとき旧社地に分霊を祀ったと伝わる。

雷丘が有力候補だったようだが、昨今では万葉集で詠われた歌から、飛鳥の神奈備の場所の条件を抽出してみると、、、ミハ山が有力だという見方も出てきている。

ちょっと遊んでみた。

候補地である雷丘・天神山・ミハ山・加夜奈留美命神社をプロットし、さらに前述の三輪山・河俣神社・高鴨神社とにつないでみると、、、

ミハ山につないだ時だけ綺麗な菱形になるのだ。実にバランスのいい形になる。

さらに、これらの神が天皇を守護する神だということなので、初代神武天皇の橿原宮から、41代持統天皇の藤原京までの各宮跡もプロットしてみた。

すると、、、大半が菱形の内側にあることが判った。私は秘かに喜んでいるのである。

飛鳥坐神社のご利益

飛鳥坐神社のご利益は、本来は天皇守護だったのだろうが、現在では農業の神・子孫繁栄から派生して、縁結び・夫婦和合・子宝・家内安全といったご利益を求める人々の信仰を集めているという。

それはまさに、おんだ祭に象徴されている。

境内にはいくつかのパワースポットと呼ばれる場所があるので、この後ご紹介していこうと思う。

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飛鳥坐神社 参拝記録

飛鳥坐神社の社頭

片側交互通行の信号機に長い間待たされつつ辿り着いた飛鳥坐神社の社頭。

駐車場は、この左側にある。10台程度は駐車可能であろう。トイレはこの右手。公衆トイレがあるから、済ませてから進もう。

手水盤

なんとも清々しい雰囲気がある手水だったので、久しぶりに撮影した。

柄杓が、うまい具合に作られている。使いにくいこと甚だしいが、、、

流れ落ちる清水が水盤の水面に波紋を描く。実に美しい。

これには「新型コロナ感染リスクなど気にしてはいられない」という変な気合が入ってしまう、とんでもなくパワーが漲る手水盤だ。

飛鳥井

手水を使って手口を清めて、鳥居へと向かうと、その横に「飛鳥井」。この井戸は古代からあるらしい。平安時代の馬子唄にその名が見えるという。

結びの木

上の画像の奥、石段の左に傘がついた一本の柱が見えるだろうか。あれを「結びの木」という。

願い事を書いた絵馬を結びの木に結ぶと叶うと言われている。いわゆる絵馬掛だ。

ここがパワースポットだという情報があるが、私には何も、、、

祓戸社

明神鳥居をくぐった右に「祓戸社」が鎮座する。

神社参拝に「穢れ」は禁物だ。手口を濯いだあとは祓戸社で身に付いた穢れを祓っていただこう。

祭神は、瀬織津比売命・速開津比売命・気吹戸大神・速佐須良比売神の4神。いわゆる「大祓祝詞」に登場する祓戸四神である。

  • 瀬織津比売神– 諸々の禍事・罪・穢れを川から海へ流す
  • 速開都比売神 — 河口や海の底で諸々の禍事・罪・穢れを飲み込む
  • 気吹戸主神 — その飲み込まれた諸々の禍事・罪・穢れを根の国に息吹として放つ
  • 速佐須良比売神 — 根の国に持ち込まれた諸々の禍事・罪・穢れをさすらって失う

というように、禍事・罪・穢れを祓うための分業体制が整っているのである。

幸運の力石

石段を昇っていくと「力石」が厳重に防御された状態で置かれている。

男は左手、女は右手で、中の石を掴んで持ち上げる。持ち上がったら幸福を掴めるとのこと。

今までに何万回も手が差し入れられたのであろう。中央の鉄枠が丸く削れているではないか。しかし単なる腕の摩擦だけではこうもなるまい。

人間の飽くなき煩念のなせる業か、、、

拝殿

こじんまりとはしているが、生き生きとした命力みたいなものを感じる拝殿である。

二拝二拍手一拝。コロナウイルス退散を願う。

こちらの社殿は、大滝ダムの建設によりダム湖に水没してしまうことになった丹生川上神社上社のものを移設したらしい。

高龗神のエッセンスが残留している可能性も否定できない。ほんまかいな。

本殿は屋根だけ、、、ちらっと、、、

奇石

よくわからない石や、、、

むすびの神石

わかりやすい、男と女の「むすびの神石」いわゆる陰陽石を見学しながら進むと、、、

飛鳥山口神社

こちら、延喜式神名帳に記載ある式内社「飛鳥山口神社」である。

延喜式神名帳によると大和国には山口坐と称する神社が14社あった。

その中でも祈年祭の祝詞で読み上げられる「飛鳥・石村・押坂・長谷・畝傍・耳成」の6座の山口皇神は特別に「大和六所山口神社」と称される。

これらの山は、皇孫(天皇)の宮殿を造るために材木を切り出す山として敬われていたということらしい。

そのうちの1社が当社である。実に格式高い神社なのである。

もとの鎮座地は酒船石の北の「天神山」とも。

祭神は大山祇命、久久乃之知命。山の神と木の神だ。

さらに進むと、萱葺の社が現れた。「奥の社」だ。

祭神は天照皇大神と豊受大神

そしてそして、この社の裏側に隠れるように、、、

奥の大石

祭神は御皇霊産神らしい。

よくわからない神名ではあるが、おそらくは「御むすびの神」。「おむすび」ではない。「みむすび」び}。

結びの神の親玉的存在と考えていいだろう。

いやそんなことよりも、この形はまさしく、、、マラ石である。見る角度にもよるが、結構リアルだ。

そして、横たわる小振りの石が「陰石」なのか???

金比羅神社と八阪神社

その隣に、境内社が2社。金比羅神社と八阪神社である。

その間にもまた陰陽石が据えられていた。

これは、ちょっとヤバいヤツかもしれぬ。

いやはや、お腹いっぱいになってきた。。。

白髭神社

白髭神社の祭神は不詳である。一般的には猿田彦神が祀られていると言われている。

その他の境内社

こちらの祠には、祠を奉納された人の名前が掲示されている。そして祠の下には石が、、、

このように、境内のあっちこっちに男根石や女陰石があるため、ついついそっち方面(どっち方面?)ばかりに気がいってしまいがちだが、

ここはやはり、創祇の起源を思い返しつつ、冷静に参拝されることを切に希望するところである。

飛鳥坐神社 概要

  • 所在地  奈良県高市郡明日香村大字飛鳥708
  • 電話番号  0744-23-1857
  • 主祭神  事代主神、飛鳥神奈備三日女神、他
  • 創建年    不詳
  • 社格   名神大社・村社
  • 公式HP   なし

飛鳥坐神社のアクセス

MAP

最寄り駅

  • 近鉄の「橿原神宮前」「岡寺」「飛鳥」いずれも徒歩で40分ぐらい

飛鳥から鬼の俎板・亀石・橘寺・飛鳥宮・酒船石・飛鳥寺などを見学しつつ向かわれたし。

駐車場

  • あり