奈良豆比古神社|奈良阪|元気・活力のパワースポット「樟の巨木」にビックリ!

2019年4月3日

奈良県と京都府の県境に平城山と呼ばれる丘陵が横たわる。この丘陵を越えるにはいくつかのルートがある。その一番東のルートが「奈良阪越え」。東大寺から般若寺そして奈良豆神社を通り国境を越えるルートだ。(今の木津横田線)

その頂上付近に東向きに鎮座するのが、当地の産土神を祀る「奈良豆比古神社」である。「奈良豆比古」と書いて「ならつひこ」と読む。「ならず者」ではない。

奈良豆比古神社の見どころは何といっても、神社の裏山にそそり立つ巨大な樟であろう。これを間近で見た時の感動は、、、今でも鳥肌が立つ。

また、春日造りの小振りな社殿は、かわいい!と女性の人気を集めている。

では、奈良豆比古神社の祭神からご紹介していこう。

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奈良豆比古神社の祭神

奈良豆比古神社 概要

  • 所在地   奈良県奈良市奈良阪町2489
  • 電話番号  0742-23-1025
  • 主祭神  奈良豆比古大神・春日宮天皇・春日王
  • 創建年      849年
  • 社格   式内社・村社
  • 公式HP     なし

奈良豆比古神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • JR奈良駅・近鉄奈良駅からバス。奈良阪バス停から徒歩2分

駐車場

  • 無し(と思われる)

奈良豆比古神社の祭神

祭神は、、、

中殿に平城津比古大神、左殿に春日宮天皇、右殿に春日王を祀る。

平城津比古大神(ならつひこのおおかみ)

奈良豆比古大神とも書く。ここ奈良阪地区の土地の神と言えよう。

この土地の神だからと言って「私は関係ないね」と考えるのは軽率である。こちらに来られたということは、この土地に足を踏み入れたということに外ならず、すなわち土地の神にご挨拶申し上げるのは然るべき行為と認識する。

春日宮天皇

天智天皇の子「志貴皇子」(しきのみこ)である。施基親王とも称される。こちらの神社は志貴皇子に所縁ある神社であるからして祀られている。

何故に「春日宮天皇」なのか。

それは、薨去から50年以上後のことだが、息子の「白壁王」が49代光仁天皇となったことによって、「春日宮御宇天皇」の追尊を受けたからである。

春日王

春日王は、志貴皇子の息子。よって天智天皇の孫にあたる。御霊神社神家の春原氏は、春日王の後裔である。

他の説では、、、

中殿が南良春日宮大神(奈良豆比古神)(←これは同じ)、左殿が春日若宮で祭神が「天押雲根命」、右殿が矢幡大神でその正体を「施基親王」(志貴皇子)とする説もあるが、どうだろうか。

奈良豆比古神社の創建

創建は、771年。奈良時代の後半だ。

そもそもここは、藤原京の時代からあったとされる春日離宮の跡地であり、49代光仁天皇の父の志貴皇子(施基親王)が、病気療養のために春日離宮に隠居していたらしい。

その縁で、宝亀2年(771年)に、志貴皇子(施基親王)を祀った。これが創建である。ということは、最初の祭神は志貴皇子だったということになる。

境内に、かつて「佐保神石」と呼ばれる神石があったが今は無い。

奈良豆比古神社のご利益

10月8日に奉納される伝統芸能で、能楽の原型ともされる「翁舞」が有名であることから「歌舞音曲を司る神」とされる。

よって、歌唱や楽器演奏や演劇などの芸能向上のご利益がある。

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奈良豆比古神社 参拝記録

公共交通機関で当神社に向かうとなると、JRもしくは近鉄の奈良駅から青山住宅・州見台八丁目行きのバスに乗る必要がある。およそ15分で「奈良阪」バス停に到着。ここから5分ほどで到着する。

車ならば、県庁前から国道245号線(木津横田線)を北上するか、京奈和自動車道の  からのアプローチとなろう。

駐車場は微妙な感じである。というのも、鳥居の右手に駐車場と思しきものがあるのだが、門扉が閉まっていては入れなかったからだ。駐車場は無いと考えておいた方がよさそうだ。

勝手ながら、短時間なら路駐も可能と考えた私は適当にその辺の寺の駐車場に停めた。。。

一の鳥居

石畳などを見ても、山奥とまでは言わないが舎の神社にしては整られており、清掃も行き届いている。

そして、整えられてはいるが年代を感じさせる重厚さも併せ持つ。素晴らしい雰囲気の神社である。

手水舎

内参道の左側に手水舎がある。手口を漱ごう。下のほうに水栓があるらしい。私は水盤の水を使ったため、水栓のありかは未確認。

二の鳥居

鳥居をくぐるごとに、体感温度が下がる。この感じ、久しぶりである。「やっぱり神社は奈良がいいのぅ」と思いつつ、さらに神門をくぐる。

舞殿

神門から真っすぐに伸びる内参道に、屋根が掛けられ釣灯篭が吊り下げられている。このあたりは春日社の名残であろう。

この花道のような設えの先に「翁舞」を奉じるための舞台「舞殿」がある。

10月8日の夜に、かがり火が焚かれた中で、面をつけた男たちが舞う。さぞかし幻想的なのだろう。

拝殿との兼用となっているようだ。

ここで、二拝二拍手一拝。

本殿

一段高い場所に、春日造りの神殿が三社並んでいる。かわいらしい神殿である。

石段に上がってはいけない旨の注意書きがあるため、下からの撮影となった。

境内社

境内の北側に、いくつかの境内社があるのでご紹介しよう。

まずは、池に架かった橋を渡って、、、

弁財天社(厳島神社)

市杵嶋姫命(弁財天)を祀る祠である。

弁財天は、仏教の神。神仏習合の時代において神道の神「市杵嶋姫命」と習合した。よって明治維新前後の神仏分離政策によって、弁財天を祀っていた神社は祭神名を「市杵嶋姫命」に変更していったという経緯がある。

こちらも芸能の神であり、加えて財福の神でもある。なんせ七福神の一員なのだから。

恵比須社(蛭子社)

その向かい側には「恵比須社」。こちらも七福神の構成員であるところの「恵比寿神」を祀っている。

「恵比寿神」は、大漁の神・商売繁盛の神として全国の恵比寿神社に祀られている神。

こちらは、クジラ信仰・漂着神信仰の「ゑびす神」に、神道における「事代主命」が習合したという説と、伊邪那岐・伊邪那美の最初の子「蛭子神」が習合したという説がある。他にも少彦名が集合したとも。

いずれも海に関係ある神々である。こちらでは事代主命を祀っているということのようだ。

ちなみに、西宮神社のエビス神は蛭子命の方で、今宮戎は前者の事代主命を祀っている。

毘沙門天王社

こちらは、社や祠ではなく、石仏が祀られている。毘沙門天である。

毘沙門天は仏教における四天王の一人。甲冑に身を包み「邪鬼」を踏んづける姿で表されることが多い。

こちらも七福神の一員だ。

大福者

福の神=大国主命を祀っているという。こちらも七福神の一員である。

石瓶神

石瓶神とは石の神らしい。

石瓶とは、春日王が作った矢と幡を石の瓶に入れて埋めて祀ったからだという。

となれば、矢幡大神は春日王であるべきなのだが、、、

パワースポット:樟の巨木

中門の左側から本殿の裏へ抜ける小道がある。そこをテクテクを進むと、、、

ドーンといきなり目の前に現れる巨木。これはまだ少し離れた場所からの撮影。

目にした瞬間、周囲の杜の雰囲気もあいまって、厳かで神秘的な雰囲気に包まれる。思わず声が出る。「凄い!」

そして、どんどん元気になる。ここはいい。

正面に回って、また「凄い!」と声が出る。

大きさが伝わりにくいのが、とっても残念で歯がゆい。

身長175㎝の私が木にくっつくと、注連縄が私の目の高さ。腕を広げても端から端まで届かない。

それもそのはず。推定樹齢1300年とのこと。

後ろに回った。

また「凄い!」

私は、この樟の回りを1周する間に、20回は「凄い!」「凄すぎる!」と言ったはずだ。

益々元気になる。

ここは決して屋久島や富士の樹海などではない。山深い場所でもない。少し田舎とは言え奈良市。県庁所在地だ。回りには民家が沢山並んでいる。この画像にも家が写っている。

こんな場所にこんな巨木があったとは、驚き以外の何物でもない。

最近元気がない、、、ここ一番勝負の時、、、そんな皆さん、一度訪れてみてはいかがだろうか。絶対おすすめのパワースポットである。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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