木嶋坐天照御魂神社|蚕ノ社|三柱鳥居の謎に迫る!京都最古級の名神大社は浄化のパワースポットであった!

2017年8月1日

木嶋坐天照御魂神社 (このしまにますあまてるみむすびじんじゃと読む)は、京都府京都市右京区太秦森ケ東町に鎮座する式内名神大社である。

通称は木嶋神社」(このしまじんじゃ)、また、蚕の社」(かいこのやしろ)としても有名である。

古来より祈雨の神として信仰された神社であり、かつ、京都における太陽信仰の聖地として祭祀が行われてきたと伝わる。

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木嶋坐天照御魂神社について

木嶋坐天照御魂神社 祭神

現在祀られている祭神は以下の通りである。

天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

古事記では、

天地開闢(宇宙の誕生)のときに現れて、すぐに隠れた神。

宇宙の根源神とも、宇宙そのものであるとも言われている。次に現れた高御産巣日神(たかみむすび)、神産巣日神(かみむすび)とともに、万物の生成に関わった神ということで「造化三神」と呼ばれる。

しかし、高御産巣日神、神産巣日神は天地開闢の後も記紀に登場するが、天之御中主神は隠れたっきり出てこない。

同じく、伊邪那岐命の禊祓いで生まれた「三貴神」(天照大神・月読命・須佐之男命)における「月読命」

また、瓊瓊杵尊と木花之開耶姫に生まれた「三兄弟」(火照命・火須勢理命・彦火火出見尊)における「火須勢理命」

このように、重要な神として三柱セットとされながら、何の実績も記されていない神を「無為の神」と呼ぶ。らしい。

大国魂神(おおくにたまのかみ)

國魂とは国あるいは国土を神格化したもので、大国魂神とは、日本各国の國魂の集合体ということになろうか。

一般的には、大国主命に習合させるため、大国魂神=大国主命という説明になりがちである。

いずれにしても、天津神ではなく国津神であり、国津神の代表という位置づけには変わりはない。

穂々出見命(ほほでみのみこと)

天孫「瓊瓊杵尊」と山神の娘「木花之開耶姫」に生まれた「三兄弟」の末っ子で、「山幸彦」として知られる。

海神の娘「豊玉姫命」との間に、鵜茅葺不合命が産まれる。初代天皇の「神武」の祖父神にあたる。

鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)

母である豊玉姫命の妹「玉依姫命」との間に、4人の子をもうける。その末っ子が神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれびこ)。すなわち初代天皇の「神武」の父神である。

瓊々杵尊(ににぎのみこと)

高千穂「天孫降臨」の主人公天照大神の孫にして、高天原から葦原中国(地上)に降臨した神。山神の娘「木花之開耶姫」との間に、三人の兄弟をもうける。火照命・火須勢理命・彦火火出見尊である。

地上における皇統はここから始まり、初代天皇「神武」につながる瓊々杵尊・穂々出見命・鵜茅葺不合命の三代を、日向三代と呼ぶ。

本来の祭神「天照御魂神」

このように、現在の祭神として「創造の神」・「国土の神」、そして「日向三代」が祀られていることになるが、もともとこの地には別の神が祀られていたはずだ。

なぜなら、神社名が「天照御魂神社」であるからだ。創建当初は天照御魂神が祀られていたと考えるのが自然だろう。

天照御魂神は、「あまてるみむすびの神」と読む。あるいは「あまてるみたまの神」。「天照」と書くが、アマテラスとは読まない。むしろ読ませないと言った方がいいのかも。

アマテラスが祀られる以前の、いや、大物主大神が三輪に祀られる以前の、自然信仰における「太陽を神格化」した「日神」である。

「太陽」と「水」は、食糧の確保・疫病の防止など生命の維持に不可欠な要素である。日照と降雨のコントロール。これが、首長が行う政事(祭りごと)の最重要課題だったはずだ。

改めて、木嶋坐天照御魂神社とは「木嶋に降臨いただいた、太陽の恵みを与えてくれる神を奉祀する場所」ということだ。

ただ、尾張氏が奉祀した日神「天火明命」なのか、秦氏が奉祀した朝鮮系の太陽神「日の御子」なのかは、議論の分かれるところだ。

「ムスビ」とは、

「ムス」は自然に発生するというような意味で、「ヒ」は霊力を意味する。すなわち、「ムスビ」は万物を生成し、発展させ完成させる霊力である。

高御産巣日神(タカミムスビ)、神産巣日神(カミムスビ)、玉積産日神(タマツメムスビ)、生産日神(イクムスビ)、足産日神(タルムスビ)火産霊(ホムスビ)、和久産巣日神(ワクムスビ)などの神名に見える。

木嶋坐天照御魂神社の創建

▲木嶋坐天照御魂神社の拝殿

創建年代や経緯は不詳である。

「続日本書紀」大宝元年4月丙午(3日)条というから701年の条に、「木島神」として記載されているのが初見なのだが、、、

社伝によると、603年もしくは622年。秦河勝によって広隆寺が創建されたときに勧請されたときく。

勧請されたということは、どこかからか分霊してきたということである。

私の推測では、自然信仰における「日神」信仰の場が、尾張氏による「天火明命」の場として受け継がれていたこの場所に、秦氏が「日の御子」を勧請して社殿を建立。太陽信仰を引き継いだと見た。

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境内の様子

拝殿前の巨石

▲亀石?

▲鶴石?

狛犬の代わりだろうか。拝殿前階段の左右に岩が置かれている。磐座?しかし、注連縄がない。

拝殿に向かって左側の巨石(上の画像)は亀石のようにも見える。となると、対になるのは鶴石と決まっているのだが。。。

もしそうだとすれば、大和国の「矢田坐久志玉比古神社」のそれと同じである。あちらにも、向かって右に亀石・左に鶴石が据えられていた。

そして、その祭神は、なんと、なんと、天火明命と同一ともいわれる天照国照彦火明櫛玉饒速日命」なのである。

花つき二葉葵

拝殿に掛けられている提灯に「花つき二葉葵」の神紋。

松尾・上賀茂・下鴨。秦氏ゆかりの神社は「葵」である。

蚕の社

木嶋社には、本殿域に本殿と並んで「東本宮」とも呼ばれる社がある。「蚕養神社」だ。通称「蚕の社」

祭神は、養蚕・織物・染色の祖神とのこと。

 

「蚕養神社」が存在するがゆえに、木嶋社をもって、養蚕・織物・染色をこの地に根付かせた秦氏由来の神社であろうとされるわけだ。

しかし、具体的な神名は明らかにされていない。

「萬栲幡媛命」とする説が一般的なようだが、蚕の起源と言えば「保食神」、織物の神と言えば「天萬栲幡媛命」、染色の神と言えば草木の神でもある「鹿屋野比売神」。あたりであろうか。

古代、太陽が昇る東を尊ぶ考え方があった。となると、蚕養神は天照御魂神より上位に祀られたということになるのか。

パワースポット 元糺の池

本殿の西側に、「元糺の池」なる神池があった。あったというのも、20年ほど前に、湧泉が枯れてしまい、今では池は無くなってしまっているのだ。

ものもとは「糺の池」と呼ばれていたが、嵯峨天皇の御代に下鴨神社境内に遷して以降、「元糺の池」と称されるようになった。

 

今でも夏期第一の土用丑の日には、地下水を汲み上げて池を満たし、手足を浸すことで無病息災を祈る信仰が続いている。

ちなみに、発掘調査の結果、本殿域の東側、すなわち本殿を挟んで反対側にも同じような泉が複数あったようだ。そして石積みの遺構も発見されている。

この神域は大量の水が湧き出るパワースポットだったのである。

枯渇した現在でも、三柱鳥居の神秘的なフォルムと相まって、パワースポット感を醸し出している。

木嶋坐天照御魂神社 三柱鳥居

さあ、木嶋社で最も神秘的な造形物「三柱鳥居」。本当に神秘的である。近づくにつれてドキドキ感が高まる。

これは、是非とも見て頂きたいと思う。

元糺の池の奥に円形の池が設えてあり、その中央に小石が積み上げられ、頂点には御幣を刺し込まれてある。「神座」だ。

神座を中心にして、三本の柱から成る三つの鳥居が組み合わされ、正三角形を形どっている。

 

神社の由緒書きには、「この神座は宇宙の中心であり四方から拝するように建立されている」「景教の遺構との説もある」と書かれている。

四方から?

正三角形なのだから三方じゃないの?もう一方とは?

しばらく考えた。そして出した答えは、、、

真上。天空である。あながち間違いじゃなさそうな気がするのだが。。。