八坂神社|開運と美容パワーの秘密は龍穴から湧き出す「ご神水」にあった!

2019年6月25日

新京極、河原町、木屋町、先斗町、祇園といった京都随一の繁華街を東西に結ぶ、京都のメインストリートともいうべき四条通。その四条通の東の終点、東山三十六峰中央の「華頂山」の麓に朱色の立派な楼門が異彩を放つ神社がある。「八坂神社」である。

八坂神社の東奥には夜桜で有名な「円山公園」。その北には「ゆく年くる年」の除夜の鐘中継で有名な「知恩院」、さらに北にいくと「絶景かな~」で有名な「南禅寺」がある。

また、南には太閤秀吉の妻「ねね」が晩年を過ごした「高台寺」、さらには二年坂・三寧坂を通って「清水寺」

名所旧跡の宝石箱のような東山。八坂神社は、その中心的存在として多くの観光客を集める、京都最大のパワースポットとの呼び声が高い。

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八坂神社について

パワースポット桃山断層

名所旧跡の宝石箱のような東山。それもそのはずで、八坂神社の西楼門の直下を桃山断層が通っており、その上段すなわち円山公園直下にももう一本の桃山断層が通っている。

この桃山断層の南端は伏見稲荷大社、北端は知恩院を通って粟田口に至る。

八坂神社の創建

創建は、所説あり。

斉明天皇2年(656)。高麗より来朝した使節の伊利之(いりし)が新羅国の牛頭山に座した素戔嗚尊を山城国愛宕郡八坂郷の地に奉斎したことに始まるという説。
貞観18年(876)南都の僧である円如が建立し、お堂に薬師千手等の像を奉安、その年6月14日に天神(祇園神)が、東山の麓の祇園林に垂跡したことに始まるという説。
天長6年(829)紀百継(きのももつぐ)が、山城国愛宕郡八坂郷丘一処を賜り、神の祭祀の地とした。これが感神院(八坂神社)の始まりという説。

八坂神社の現在の祭神

現在は、本殿内に以下の13柱を祀っている。

主祭神
  • 中御座:素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
  • 東御座:櫛稲田姫命 (くしなだひめのみこと)・・・出雲における素戔嗚尊の最初の妻
  • 西御座:八柱御子神 (やはしらのみこがみ)・・・素戔嗚尊の御子8柱の総称

素戔嗚尊の八柱の御子神とは、

八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命
配神
  • (東御座に同座) 神大市比売命佐美良比売命・・・素戔嗚尊の妻たち
  • (西御座に御座) 稲田宮主須賀之八耳神・・・大山積神の御子で櫛稲田姫命の父神

神仏習合時代の祭神

明治の神仏分離政策以前すなわち幕末・明治維新のころまでの祭神は以下の通りである。

  • 中の座:牛頭天王 (ごずてんのう)・・・祇園精舎の守護神で、日本では素戔嗚尊と習合された
  • 東の座:八王子 (はちおうじ)・・・牛頭天王の八人の王子。すなわち素戔嗚尊の八柱の御子となる
  • 西の座:頗梨采女 (はりさいにょ・ばりうねめ)・・・牛頭天王の妃で、櫛稲田姫命と同一神とされる

八坂神社と号するようになったのは、明治の神仏分離以降のことで、それまでは「祇園神社」「祇園社」「祇園感神社」などと呼ばれていた。

神仏分離によって、社名も祭神名も変わったが、実質的には終始一貫して「素戔嗚尊」=「牛頭天王」とその家族が主祭神となっていたことがわかる。

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本殿エリアで開運祈願

私のような未熟者は、八坂神社や伏見稲荷のように大勢の外国人が観光で来られる神社では、パワーを感じ取ることは極めて難しいのである。よって、観光案内のような参拝記録になってしまうことをお許し願いたい。

四条通を東へと進んだドン突きに朱色の大きな楼門が見える。その左側に地下駐車場への入口がある。大きな駐車場であるが、すぐに満車になる。

南楼門

ほとんどの人は、四条通と東山通の交差点にそびえ立つ八坂神社のシンボル的存在「西楼門」から入るだろう。実は「西楼門」は裏口なのである。

八坂神社の本殿は南向き。よって正門は「南楼門」になるのだ。南楼門には一の鳥居もしっかりとあるのだから。。。

西楼門から入っても特に問題はないと言われてはいるが、私は、やはり横から入るのは失礼ではないかと思うのである。できれば、少しだけ遠回りになるが、正門から神域にお入りいただくことをお勧めする。

開運祈願「本殿」

楼門をくぐると、「舞殿」がある。京都のお茶屋や企業の提灯がずらりと並ぶ。が、私は興味がない。

さて「八坂造り」の本殿である。本殿と拝殿を、無理やり一棟にしたような形状である。

実はこの本殿は、龍穴の上に造営されているといわれている。地下に大きな池があり、そこが龍穴で比叡山からの「気」が東山連峰を通って、ここに充満しているらしい。

そして、なんと青龍が棲んでいるとも。

青龍とは、方角を司る四神のうちの一神で、東方の鎮守である。すなわち青龍は「東」の象徴。「東」は太陽が昇る方角。「朝」「太陽」「誕生」「始まり」などを意味する。そして「龍」は気の流れそのもの。すなわち「パワー」そのもの。

そして、須佐之男尊である。強力なことこの上なし。である。

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新しことに挑戦したい、心機一転がんばりたい、勇気が欲しい、といった人は、是非訪れていただきたいスポットである。日の出のころが最もパワーを頂きやすいのではないだろうか。

こちらの青龍石をお守りに!

開運パワー注入「力水」

本殿に参拝したのち、必ずセットで訪れたいスポットがある。本殿に向かって右側に湧水「祇園の御神水」通称「力水」である。

この水は本殿下の龍穴から湧き出している水であるによって、青龍パワーを体内に取り込むことができるのだ。これはありがたい水である。

実際、ここの水はパワーを感じたのである。前に立つと、波動が強いというのだろうか、脳が膨らむ感覚がある。

是非とも、本殿とセットで参拝願いたい。

開運パワー満腹「悪王子社」

脳が膨張した状態で、この悪王子神社の前に立つ。どうなることかと思いきや膨張感は次第に鎮まっていき、やがて「すがすがし」である。

さてこちらは、大神神社の狭井神社、外宮の多賀宮、内宮の荒祭宮と同様に、主祭神の荒魂を祀る。すなわち、須佐之男尊の「荒魂」(あらみたま)を祀る神社である。

悪王子の「悪」は、「強力・強烈」という意味らしい。参拝すると悪くなるという意味ではないのでご安心を。むしろ、丁寧に祀ることで「強力な和魂」になると言われている。

「荒御魂」とは、神の荒々しい面である。天変地異を引き起こしたり、病を流行らせたり、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きである。 よくいわれる「祟り神」は荒魂の表れとされる。

しかし、「新魂」(あらみたま):新しい事象や物体を生み出すエネルギーを持つ魂という側面も併せ持つ。

本殿・力水・悪王子神社が、八坂神社の神髄だと、私は思う。是非、合わせて参拝頂きたい。早朝に。

境内社

美御前社と美容水

境内社の「美御前社」の祭神は、天照大神と須佐之男命の誓約でうまれた宗像三神といわれる三柱の女神様たち。美美人の誉れ高い「市杵嶋比売神」「多岐理比売神」「多岐津比売神である。

中でも「市杵嶋比売神」の美貌は際立っていたとされ、仏教との習合において「弁財天」や「吉祥天」と習合し、財福・芸能・美貌の神として信仰されるのである。

ここは京都祇園。舞いや芸事と言えば「芸妓」「舞妓」さんである。祇園の舞妓さんたちは、こぞって参拝したであろう。

すぐそばにある「美容水」を顔に数滴つけて擦り込むと良いらしい。お試しあれ。

しかし宗像三神、そもそもは、海上交通の安全鎮守の神である。

現在のように陸路が整備されていない古代において、海路は最も効率的な交通手段であった。また、大陸の文化技術が伝わるルートも朝鮮半島から対馬を中継して北九州。つまり海路である。海上交通の鎮守の神とは、そういう重要な地位なのである。

悪縁を切り未来切り開く「刃物神社」 美容

本殿の北側には、「刃物神社」がある。なんと、昭和の創建で非常に新しい神社である。

刃物業界によって造営されたのだが、今では「悪縁を切る、未来を切り開く」スポットとして、同じ境内にある「大国主社」とセットによる縁結びのパワースポットとして若い人たちが訪れている。

祭神は「天目一箇神」(あめのひとつめのかみ)。製鉄・鍛冶の神様である。「まひとつ」とは「片目」という意味で、刃物を鍛える際に、片目で刃を見るところから名付けられたとか、鍛冶の仕事は片目を失明しやすかったから名付けられたとか。

大阪は上町台地にある「生國魂神社」の末社であるところの「鞴(ふいご)神社」にも祀られている神である。

大年社

刃物神社から厳島社の前を通って北鳥居までくると、左手に石段がある。これを登ると本殿に戻ることができる。

そこに「大年社」がある。穀物の神・農耕の神であるが、少しく不思議に思うのである。

  • 「大年神」は、本殿にも祀られているわけだが、ここにも独立して祀られている。
  • 巷社神」(ちまたのやしろかみ)という聞きなれないお名前の神も合祀されている。
  • 「祇園古宮」と呼ばれているとのことだが、その理由がわからない。

大歳すなわち饒速日尊が八坂の郷に農地を開拓したのだろうか。そうなると、八坂神社創建前に大年社が存在していた可能性が出てくる。「祇園古宮」と呼ばれて然るべきであろう。

華頂山をご神体とした大歳神または饒速日尊を祀る磐座があったのかもしれない。

などと、考えてしまうのである。

末社:十社

大年社の隣に、整然と並ぶ姿が美しい「十社」がある。祭神は以下の通り。

  • 多賀社(伊邪那岐命)
  • 熊野社(伊邪那美命)
  • 白山社(白山比咩命)
  • 愛宕社(伊邪那美命、火産霊命)
  • 金峰社(金山彦命、磐長比売命)
  • 春日社(天児屋根命、武甕槌神、斎主神、比売神)
  • 香取社(経津主神)
  • 諏訪社(建御名方神)
  • 松尾社(大山咋命)
  • 阿蘇社(健磐龍神、阿蘇都比咩命、速甕玉命)

白山社の白山比咩命は菊理媛神と同一神とされる。
伊弉冉尊と伊弉冉尊の争いの仲立ちをしたことから縁結びの神とされたり、死者と生者との間取り持つことから、シャーマン(巫女、イタコなど)ではないかともいわれている神である。

春日社の武甕槌神は、香取社の経津主神とともに、出雲国譲り神話において、大国主命の御子である、諏訪社の建御名方神を諏訪に追い詰めた神である。

そういう意味で、春日社・香取社・諏訪社が並んでいるところは、なんとも興味深いのである。

縁結びのパワースポット「大国主社」

本殿回りに別れを告げて、西稲門へと降りていく途中右側に「大国主社」がある。

祭神は「大国主命」「事代主命」「少彦名命」

「縁結びの神」と大きな看板が掲げられているのですぐわかるだろう。私が学生時代には、このような看板はなかったのだが。。。

  • 大国主命は、「素戔嗚尊」の末子である「スセリヒメ」を妻とすることで素戔嗚尊の後継者となった神。
  • 少彦名神は、大国主命の国造りの参謀といったところ。
  • 事代主命は、大国主と神屋楯比売命と間に生まれた御子。本来は大和葛城の地主神で葛城王朝を象徴する神とされる。

この三柱が祀られているということからして、本来は「縁結び」ではなさそうなのだが、大国主命=縁結びという公式が出来上がっているため、仕方ないのであろうし、神社として若い世代の参拝者を獲得するための施策を打つ必要があるのは十分理解できる範囲である。

「刃物神社」とのセットで参拝していただくと効果的とされている。

疫病退散パワースポット「疫神社」

いよいよ、八坂神社参拝もラストを迎えつつある。

西楼門の正面にある「疫神社」。蘇民将来を祀っている。

蘇民将来と巨旦将来は兄弟である。そして、兄の蘇民は貧しく、弟の巨旦は裕福である。

ある日、旅の男が一夜の宿を求めてやってきた。巨旦は裕福であるにもかかわらず、これを断った。蘇民は貧しいながらも精一杯もてなして差し上げた。

旅の男は、帰り際にこう言った。「我は速須佐之男の神である。もし疫病が流行したら、蘇民将来の子孫であると名乗り、茅の輪を腰につけておきなさい。そうすれば災難から逃れられるであろう」

祇園祭では「蘇民将来子孫也」の文字をつけた衣服を身につける。また、7月31日に夏越祭が行われ、茅の輪くぐりと「蘇民将来子孫也」の護符を受けることができるとのこと。

祇園祭は、疫病退治の祀りであった。その後、疫病予防の祭として定着していった。よって「疫神社」の夏越祭が祇園祭の最終日に行われ、一か月にも及ぶ大祭はフィナーレとなるのである。

いわば、「疫病除け」という八坂神社が存在する意義の本質が、この「疫神社」にあるのである。

西楼門のすぐ奥から京都の街を見渡すように西向きに鎮座している。「疫神社」は今もなお、その役割を果たしているものと思われる。

最後に

祇園祭の本質に参拝した後は、西楼門から退出することになる。

この西楼門は、室町末期に建てられた、国の重要文化財に指定されている建造物であり、八坂神社のシンボル的存在でもある。暗闇にライトアップされた「西楼門」。とても素敵な景色である。

思い出した。

かつて、真冬の深夜1時頃、酔っ払った学生が10名ほど、西楼門の石段下に一列に並んでいた。

だれかの、よーいドンという声を合図に、叫び声を上げながら石段を駆け上がり楼門の中へ吸い込まれていった。

石畳の坂道に足を滑らせながら駆け上がる。舞殿で左右に分かれ、また合流する。

丸山公園にゴールインしたときには、酔いは最高潮。ゲロゲロする奴、オブジェに登ってる奴、走り足らず池の周りをずっと走り続けている奴。

こいつらバカだ、と思った。その中の一人が私だったのだが、、、死ぬかと思った。

ありがとうございました。

八坂神社 概要

  • 所在地   京都府京都市東山区祇園町北側625
  • 電話番号  075-561-6155
  • 主祭神  素戔嗚尊・櫛稲田姫命・八柱御子神
  • 創建年      斉明天皇2年(656年)(伝)
  • 社格   二十二社・官幣大社・別表神社
  • 公式HP    http://www.yasaka-jinja.or.jp/

八坂神社 アクセス

MAP

〒605-0073 京都府京都市東山区祇園町北側625

最寄り駅

  • 京阪本線「祇園四条」徒歩8分
  • 阪急京都線「河原町」徒歩12分

駐車場

  • あり(有料)

市営丸山駐車場の入り口が、西楼門の左手にある。地下駐車場だ。