鏡作坐天照御魂神社|鏡の神の御利益とは美容?日読みの神社で思うこと。

2017年10月24日


 

奈良県磯城郡田原本町大字八尾に鎮座する「鏡作坐天照御魂神社」は、式内大社「大和國城下郡 鏡作坐天照御魂神社 大 月次新嘗」に比定される神社である。

  • 所在地    奈良県磯城郡田原本町八尾816
  • 電話番号        0744-32-2965
  • 最寄り駅   近鉄橿原線 田原本駅 徒歩20分
  • 駐車場    無料駐車場あり。5台程度か。
  • 主祭神    「天照國照彦天火明命」「石凝姥命」「天糠戸命」
  • 創建年           崇神天皇6年(紀元前92年)伝
  • 社格     式内大社・県社
  • 公式HP    なし
奈良県磯城郡田原本町八尾816

 

神社名の「鏡作」とは、鏡を作る職人集団「鏡作部」が居住していた土地の「鏡作部の氏神」を祀る神社、という意味だろう。

そして天照御魂とは、太陽の神「日神」を祀り「日読み」祭祀をする神社、という意味と捉えることが出来る。

キーワードは、「鏡」と「日読み」

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鏡作坐天照御魂神社について

鏡作坐天照御魂神社の創建

創建年代は定かではないが、社伝によると、、、

大昔の人々は、鏡には自分の魂が宿っている(写っている)と考え崇敬尊重していた。そして、鏡を鋳造することを仕事とした氏族「鏡作部」がこの一帯に居住していた。

第10代崇神天皇の御代に、三種の神器のひとつ「八咫鏡」を皇居に祀るのは畏れ多いとして、別の場所(笠縫邑)で祀ることにし、皇居には別の鏡(レプリカ?)を祀ることにした。

その皇居に祀るための「別の鏡」(レプリカ)は、かつて本物の「八咫鏡」を作った「石凝姥命」の子孫が作ったものなのだが、そのレプリカを作る際に「試作品」として作った鏡が存在し、その鏡を「天照国照彦火明命」として祀ったのが当社の起源である。

鏡作坐天照御魂神社 栞の要約

整理すると、「レプリカ版の試作品が御神体」ということになろう。

そういえば、和歌山にある「日前神宮」「国懸神宮」(ひのくま、くにかかす)には、「八咫鏡」の試作品「日像鏡」「日矛鏡」が御神体として祀られている。その霊力は「八咫鏡」に準ずるという。

鏡作坐天照御魂神社の祭神

現在の祭神は、中座に「天照國照彦天火明命」、右座に「石凝姥命」、左座に「天糠戸命」を祀るとしている。

天照國照彦天火明命

現在こちらでは「御鏡の神」として祀っているのだが、一般的には、、、「太陽の神」である。

尾張氏の祖神で、「天照大神」の子「天忍穂耳命」の子、すなわち天孫である。高千穂に降臨した天孫「瓊瓊杵尊」の兄となる。

先代旧事本紀では、天照国照彦天火明命の本名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊であるとし、すなわち饒速日尊と同一神としている。

 

石凝姥命

古事記によると、岩戸隠れ神話において「八咫鏡」を鋳造した女神として登場する。よって、鋳物の神・金属加工の神として各地に祀られている。

瓊瓊杵尊の天孫降臨の際に附き従って天降るよう命じられた「五伴緒」の一人である。

五伴緒・・・天児屋命、太玉命、天鈿女命、玉祖命、石凝姥命。合計五柱の神々。

天糠戸命

石凝姥命の親神である。

日本書紀では、「天糠戸命」が八咫鏡を鋳造したとする記載もあり、混乱している。

また先代旧事本紀によると、饒速日尊が天孫降臨した際の三十二人の防衛(ふさぎもり)の一員であったとし、日本書紀では瓊瓊杵尊が天孫降臨した際の三十二人の防衛(ふさぎもり)の一員であったとされる。

日読みの神社

「天照御魂神」は本来、自然信仰において太陽を神格化した「日神」であったと思われる。各地の氏族がそれぞれ自らの信ずる「日の神」を祀っていたに違いない。

時節に応じて、朝日を遥拝し「日読み祭祀」を行っていただろう。

八尾の鏡作坐天照御魂神社の日読み

ここ八尾の鏡作坐天照御魂神社から日の出・日の入りを見たとき、、、(神と人の古代学より)

  • 立冬・立春・・・三輪山の山頂から昇り、二上山の二つの頂の中央に沈む。
  • 立夏・立秋・・・龍王山の少し北の小山(名前が無い)から昇り、信貴山へと沈む。
  • 春分・秋分・・・龍王山から昇り、香芝の裏山(生駒山脈と金剛山脈の切れ目)に沈む。

しかし、日読みといえば「冬至」じゃないの?と思うのである。何故かというと、冬至は「1年で最も昼間の短い日」であって「1年で最も南から太陽が昇る日」である。いかにもわかりやすいではないか。

なぜ、立冬・立春・立夏・立秋なのか。私などは「中途半端この上無し!」と思うわけだ。

石見の鏡作神社の日読み

実は、この「鏡作坐天照御魂神社」の北北西1.3kmに石見という場所があるのだが、そこにも鏡作神社」がある。

こちらから日の出・日の入りを見たとき、、、(神と人の古代学より)

  • 冬至・・・三輪山の山頂から昇り、二上山の二つの頂の中央に沈む。
  • 夏至・・・高峰山の山頂から昇り、生駒山地の十三峠の窪みに沈む。
  • 春分・秋分・・・明神山に沈む

冬至・夏至だ。こちらの方が、わかりやすいはず。

このように、冬至を時節と捉える石見に対して、立冬・立春を時節と捉える八尾。時節の捉え方が異なる日読みの神社が近距離に存在している。

ここから神社の創建順が想像できる。

立冬・立春は、欽明天皇もしくは推古天皇の御代(6世紀中頃~7世紀初頭)に中国から伝わった「中国暦」の時節である。正式採用は7世紀末。

石見の鏡作神社の方が、古い時代の「日読み祭祀」の場所と考えることができるのだ

これが、石見にあった鏡作神社が、暦の変化に応じて八尾に遷座したとする説である。

しかしそうなると、話はややこしくなる。

崇神天皇の御代に「八咫鏡」のレプリカを鋳造したのは、石見の鏡作神社だったのか?八尾の鏡作坐天照御魂神社の鏡池は何?

と思わざるを得ないのだが、、、

 

ちなみに、河内国の「若江鏡神社」から見た日の出・日の入りは、、、

  • 冬至・・・信貴山の山頂から昇り、住吉大社もしくは先山(淡路島)に沈む
  • 夏至・・・生駒山の山頂から昇り、譲葉山(六甲山系)に沈む。
  • 春分・秋分・・・生駒山系の三国山から昇り、茶臼山に沈む。(茶臼山は見えないか、、、)

鏡作坐天照御魂神社の御利益

鏡の神、転じて美容・美顔の神・美容師の守護神、金属加工の神、事業成功、商売繁盛など。

 

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鏡作坐天照御魂神社 参拝記録

内参道の様子

今回は車での参拝となった。(大体はそうだが。。。)

国道24号線を走行していると、食品卸「旭食品」の倉庫の南側あたりに、「鏡作神社」と小さな標識を見つけることができるだろう。

そこを西に入り、川を超えるとすぐ右手に朱色の鳥居が見える。

社標と鳥居の間を右に入ると、駐車スペースがある。

真っすぐに伸びた参道は、この画像から感ずるよりもはるかに長い。

雨が降って来そうな天候であったため、鎮守の森には多くの小鳥が集まり、チュンチュン・・大変賑やかである。

ついでに、10月も後半であるというのに、ブンブン・・ヤブ蚊も多い。夏場の参拝には、虫よけを持っていかれることを強くお勧めする。

鏡池

この池を「鏡池」という。ヤブ蚊の発生源と思われる。

池の中央に石が据えられている。

花びらのように開いた形状が、人の手によって作られた、まさに「道具」のように見える。

が、しかし、これは鏡石ではない。

が、しかし、自然におかれたものではなさそうだ。中央に管のようなものが見える。噴水か?

鏡石

こちらが鏡石

池の手前、小さな東屋の下に置かれてある。

案内板の説明を読むと、、、

この鏡石は、江戸時代にこの池かだ出土したもので、古代の鏡製作の仕上げの道具と思われる。すなわち、粗鏡の鋳造面を研磨して鏡面に仕上げる研磨台。鏡石の凹に粗鏡をセットして、水を流しながら、二上山の金剛砂などで磨いたと推察する。

本殿エリア

拝殿

なんと、拝殿の遠景を撮影し忘れていた。

これは拝殿内部である。

この拝殿・本殿エリアだけは、何故かヤブ蚊がいない。落ち着いて参拝できる。

二礼二拍手一礼。。。

 

本殿を拝見しようと側面に回り込むと、なんということか、本殿エリアを囲む玉垣の扉が開かれているではないか。

反対側に回ってみる。こちらの扉を開かれている。。。まるで私を誘うかのように。

 

ここは入っていいのだろうか???と考えながら、入ってもいい理由をなんとか見つけ出そうとしている自分がいた。

 

よく見ると、玉垣内部の末社の前に、賽銭箱というか賽銭を入れる金属製の柱が立ててあるのを発見した。

「賽銭柱があるということは、あそこまで入って参拝しなければならないのだ!」

思うが早いか、私の足は玉垣内部に踏み出していたのである。

本殿

三連結の朱色の流造が美しい。苔むした檜皮葺の屋根が重厚感を醸し出している。

前面に立つと、超神聖な空気に包まれ、心が洗われる。のだが、、、

ほんとうにこんな間近まで進んでよかったのだろうか。。。ちょっと怖い。

丁重に、二礼二拍手一礼。。。

摂社 若宮神社

本殿玉垣内東側に西向きに鎮座するこの社は「若宮神社」「天八百日命」を祀っているとのこと。

「先代旧事本紀」にのみ登場する、神代七代の五代目に男女神とは別にあらわれる独立神。

しかし、何故「若宮」なのだろう。若宮という名称は、主祭神の御子を祀る場合に付けられることが多い。

もしくは和魂や荒魂か。。。

天八百日命は、天照国照彦火明命の子孫という位置づけなのだろうか。いや、天照御魂神の荒魂か。

謎である。

末社4社

同じく本殿玉垣内の東側に、末社が4社。

本殿に近い方から、天照皇大神宮・天手力雄神社・住吉大社・春日大社。

 

さて、緊張の中での参拝を終え、無事に玉垣から出ることに成功。

境内の他の末社にも参拝しようではないか。

境内社

七社殿

右から、

  • 猿田彦神社(猿田彦命)> 導きの神
  • 大国主神社(大国主命)> 縁結びの神
  • 保食神社(ウケモチの神)> 穀物・食物の神
  • 厳島神社(市杵嶋比売命)> 航海の神・芸能の神
  • 事代主神社(事代主命)> 託宣の神
  • 粟嶋神社(少彦名命)> 薬の神
  • 八意思兼神社(八意思兼命)> 智恵・学問の神

八意思兼命とは先代旧事本紀」での名称。古事記では「思金神」、日本書紀には「思兼命」。

笛吹神社・鍵取神社

右側が「笛吹神社」。葛城市笛吹にある「笛吹神社(現:葛木坐火雷神社)」からの勧請と思われる。祭神は天香山命もしくは饒速日尊か。ちなみに天香山命は笛吹連の祖神である。

左側が「鍵取神社」。神無月に神々が出雲へ出張する時の鍵を預かる留守番役とされる。

愛宕神社

愛宕神社。祭神は「迦具土神」だろうか。火の神である。

佐依姫神社

境内の東側には、少し奥まったところに佐依姫神社がある。祭神は佐依姫命市杵島姫命の別名である。水の神・海の神

金毘羅神社

唯一の石碑。龍神様を祀るがごとき形状である。祭神は大物主大神と推察する。

 

先代旧事本紀に独自に登場する神々が末社に祀られる中にあれば、主祭神の天照国照彦天火明命は、限りなく饒速日尊であろうと思わざるを得ないのである。

 

とにかく、私の参拝史上一二を争う藪蚊の多さで、参拝に集中できなかったのが、心残りである。また訪問したい。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!