平群坐紀氏神社|名神大社の神域に漂う冷気はハンパない!まさしく神秘的な異空間であった!

2016年11月25日

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平群坐紀氏神社(へぐりにますきのうじじんじゃ)は、奈良県生駒郡平群町に鎮座する式内社の名神大社である。その名の通り、古代豪族の「紀氏」の氏神だ。

現在地は平群町の上庄だが、創建当時は現鎮座地から南へ約2kmの椿井にあったとする説もある。

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平群坐紀氏神社について

平群坐紀氏神社の創建

創建は不詳であるが、次のような理由から750年~790年の間ということになりそうである。

「平群郡某郷長解(写)」(貞観12年・870)という土地建物の売買に関して記された古文書に、平群谷で売買された家屋の横に、石川朝臣眞主の名前と「紀氏神地」とあり、紀氏神社がこの時点(870年)以前からあったということがわかる。

神社の由緒書きによると、当社は平群に居住した紀氏の名をとって名づけられたことは天長元年(824)の奏上から明白で、創建はそれ以前と考えられる。

さらに祖神を祀ったとされる「紀船守」の生没年代が731年~792年であるから、活躍した年代はおそらく750年頃から790年頃であろう。

つまり、870年より以前、いや、824年より以前、いやいや、750年~790年の間でしょ。となるわけだ。

平群坐紀氏神社の祭神

現在の祭神は、天照大神・天児屋根命・都久宿禰・八幡大菩薩であるが、創建当初に紀船守が祀った祭神は「平群木菟宿祢」(都久宿禰)の一柱であろう。

平群木菟宿禰(都久宿禰)

武内宿禰と紀国造の娘との間に産まれた子で、平群氏の祖とされる。木菟とはミミズクのこと。

天照大神

中世に合祀されたとされる。

天児屋根命

こちらも中世に合祀されたとされる春日神のことを指す。

この二柱は、藤原不比等らによって天照大神を頂点とした祭祀体系が確立された後の合祀と思われる。

八幡大菩薩

八幡大神の本地仏となろう。

「八幡大神や応神天皇=神」ではなく、「八幡大菩薩=仏」として祀られている。違和感を感じる。

平群坐紀氏神社のご利益

五穀豊穣、厄除け、満願成就とのことだ。

 

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平群坐紀氏神社 参拝記録

生駒山地と矢田丘陵に挟まれた南北に細長い盆地がある。その細長い盆地の中央を竜田川が流れ、その両側に田畑が広がる。

その竜田川に沿って近鉄生駒線が走り、生駒と王寺をつなぐ。同じく竜田川に沿って国道168号線が走り、磐船神社から王寺や香芝を通って葛城へと続く。

電車でのアプローチであれば、近鉄生駒線の平群町で下車。あとは地図を片手に田園地帯に乗り込むことになる。遠くからでも、こんもりと鎮守の森が見えるはずだ。迷うことはないだろう。

車でのアプローチであれば、カーナビが頼りだ。農業用路のため見通しはいいが道は細い。このまま進んで大丈夫だろうかと不安になる瞬間もあろうが、大丈夫である。対向車は、まず来ない。

駐車場はある。無料だ。トイレは、社務所の右手にある。決して綺麗ではないが、笹が生えている。風流だ。

到着したら西側の景色を楽しんで頂きたい。

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田園の先に山々が横たわる。大きなビルなどない。電線とビニールハウスを視界から削除すれば、太古の昔と変わらない風景が広がっている。と勝手に思っている。

あのあたりを饒速日尊一行が歩いたかも知れない~と思うと、ゾクゾクするではないか。

境内内参道

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鳥居をくぐると神域だ。野鳥のさえずりが心地よい。時折、木の実が落ちてくるのだろう、パシッパシッという音が鳴る。

この2つの音しか聞こえない。そしてただならぬ冷気が漂っている。緊張感が走る。否応なしに五感が研ぎ澄まされていくのだ。

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この小路がいい。末社1(後で出てくる)の裏手あたりが特にいい。ビンビンくる

手水舎

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頭に手ぬぐいをのせたマーライオンが、温泉につかっているようである。ここはホッとする。

末社1

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祭神は不明である。「近隣の神社からの遷座らしいです」とは、宮司さんの奥様。こちらの社の周辺は一種独特な雰囲気である。「漂よう冷気の源泉」となろうか。番人としてここで監視しているような気がした。

二礼二拍手一礼。パシッ、パシッと、どんぐりの落ちる音がひと際大きく鳴り響いた。

末社2

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こたらも祭神は不明。素人の手によるものと思われる社で守られている。さらには謎のハニワ。「むき出しの祠が可哀想なので、主人が作ったんですよ。」とは、宮司さんの奥様。

三座

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拝殿前には、拝殿を囲むように3つの座が設けられている。平群坐紀氏神社は、上庄、椣原、西向という3つの大字の氏神らしい。これら3つの座はそれぞれの大字に割り当てられており、北が上庄大字、南が西向大字、拝殿の正面となる西側は椣原大字の座となってる。

中でも役人を招待したとされる正面の椣原の座だけが床板張りであり、他は土間のままである。

座と言えば、ここから竜田川沿いに北上した生駒市にある往駒坐伊古麻都比古神社」にも座が設けられていた。こちらよりも規模の大きいものである。

拝殿

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割り拝殿である。拝殿内に立つと右側頭部がジンジンしてきた。出ると治まり入るとまたジンジンするのだ。右側頭部のみである。不思議だ

本殿

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春日造りの神殿である。春日大社のそれと比べると千木が少し短い。春日神が合祀された以降にこの様式になったと思われる。

末社1と同じく、筵(むしろ)が敷かれている。これは薦(こも)と呼ばれるもので、通常は地面や床から神饌を隔離するために敷くのだが、こちらは三方の下には敷かれていないので、神饌を供する際に直接神殿に触れないようにするために敷かれているものと推察する。

亀石

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神社の隣の敷地が公園として整備されている。ここはかつては神宮寺があった場所である。この整備工事で発見されたのが、この亀石である。上に乗っかている亀ではない。下の石だ。見たところ首と甲羅が一つの石になっており、手足と尻尾は別の石を喘がっているように見えるのだが、私の見間違いだろうか。。。

平群坐紀氏神社を参拝して

こちらを創建したのが「紀船守」であり名前の通り紀氏である。神社も紀氏神社。しかし祀られているのが平群氏の始祖「平群木菟宿祢」である。

ここで、紀氏と平群氏について、さらには紀国造家との関係について、極々簡単に確認しておこうと思う。

全ては、武内宿禰から始まる。

孝元天皇皇子の比古布都押之信命(彦太忍信命)と、宇豆比古(紀国造)の妹の山下影日売との間に武内宿禰が生まれた。

武内宿禰は紀国造家の血を引いているということだ。

さて、武内宿禰には7男2女の子がいたとされる。主な系列氏族と本貫地を記載しておく。いずれも、そうそうたる氏族の祖であることがわかる。

波多八代宿禰(はたのやしろのすくね)ー波多臣の祖ー奈良県高市郡

許勢小柄宿禰(こせのおからのすくね)ー巨勢臣の祖-奈良県高市郡

蘇賀石河宿禰(そがのいしかわのすくね)-蘇我臣の祖ー大阪府藤井寺市?奈良県橿原市?

平群都久宿禰(へぐりのつくのすくね) – 平群臣の祖ー奈良県生駒郡平群町

木角宿禰(きのつののすくね) – 木臣(紀臣)の祖ー奈良県生駒郡平群町

久米能摩伊刀比売(くめのまいとひめ)

怒能伊呂比売(ののいろひめ)

葛城長江曾都毘古(かずらきのながえのそつびこ) – 葛城氏の祖ー奈良県御所市

若子宿禰(わくごのすくね) – 江野財臣の祖ー石川県加賀市

紀氏

平群坐紀氏神社の創建者とされている「紀船守」は、紀氏の祖「木角宿禰」の末裔である。

7男の中で「木角宿禰」だけが、宇豆比古(紀国造)の孫娘を母とするという説がある。そういうことで紀氏という名称になったのだと思う。またここで紀国造家とつながった

本拠は、平群郡の紀里。現在は上庄と呼ぶ。まさに現鎮座地は紀氏の本拠であったようだ。

ここから南に少し下った三里古墳は、紀伊や瀬戸内海さらには近畿北部に分布する古墳の特徴である石棚が設置されている。これも、大和紀氏と紀州紀氏のつながりを物語るものだと思う。

平群氏

一方、平群坐紀氏神社の祭神は「都久宿禰=平群都久宿禰」と伝わっている。平群氏の祖だ。

平群氏の本拠は、この平群の谷全体であったと思われる。その一部に紀氏の本拠があったのではないだろうか。

平群氏は、平群木菟宿禰(都久宿禰)の子である「真鳥」の時代に隆盛を極めた。しかし天皇家をも凌ぐ勢力を持ち国政を欲しいままにし専横を極めたため、大友金村によって「真鳥」と「鮪(しび)」は誅殺されることになる。西暦498年のことである。

 

その後、平群の地は紀氏が勢力を広げ、天智天皇の御代あたりから中央政権へと進出することになる。船守は大納言まで昇進した。

さて、紀氏の出世頭「紀船守」が、平群氏の祖を祀る理由がここらへんにあるような気がしてならないのだが。。。どうだろう。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

平群坐紀氏神社 概要

  • 所在地   奈良県生駒郡平群町上庄5丁目1−1
  • 電話番号  0745-45-4607
  • 主祭神  天照大神・天児屋根命・都久宿禰・八幡大菩薩
  • 創建年      不明
  • 社格   名神大社・村社
  • 公式HP     なし

平群坐紀氏神社 アクセス

MAP

〒639-0905 奈良県生駒郡平群町上庄5丁目1−1

最寄り駅

  • 近鉄生駒線「平群駅」徒歩12分

駐車場

  • あり(無料) 隣の公園