護王神社|亥年に参拝したい神社No1!! 足腰の守護神!スポーツ・アスリートの神様なり!

2018年12月30日

スポンサーリンク

IMG_20160618_160347

護王神社は、京都市中京区、京都御所の西側を通る「烏丸通り」に面した神社である。蛤御門の前あたりと言った方がわかりやすいか。

こちらの神社、亥(イノシシ)が神の使いとされている。境内のそこかしこに「イノシシ」のモニュメント。

亥年には、是非とも参拝したい神社である。

「いのしし神社」護王神社の主祭神

主祭神は、和気清麻呂公命」わけきよまろこう)と、姉の「和気広虫姫命」(わけのひろむしひめ)。配神に、「藤原百川公命」と「路豊永卿命」。

もともとは、高尾山神護寺の境内に霊社として祀られ、「護法善神」と呼ばれていたものを、明治に入り「護王神社」に改名。その後、現在地の蛤御門前に遷座された。

和気清麻呂公は、奈良時代末から平安時代初にかけての官人である。正義感あふれる立派な実務官僚であったときく。また、姉の広虫姫命は、実に慈悲深いお方であったらしい

さて、ここから少し長くなるが「清麻呂公」と「広虫姫命」の功績を述べたいと思う。

すっ飛ばしていただいても一向にかまわないのだが、

まさしくこれらが、「いのしし神社」こと「護王神社」のご利益につながるのであるからして、知らずに参拝するより、知って参拝するほうが頂けるご利益も大きいのではないだろうかと思う次第である。

和気清麻呂 宇佐八幡神託事件

時は奈良時代、称徳天皇(女帝)のころ。弓削の道教という僧が天皇の寵愛を受け、権力を欲しいままにしていた。この道教、こともあろうか称徳天皇の崇敬厚い宇佐八幡宮の神官と共謀して、自ら天皇に成ろうと画策したという事件。

内容は、、、

769年、大宰府の主神で宇佐八幡の神官であった「中臣習宜阿曾麻呂(なかとみのすげあそまろ)」が、宇佐八幡神の神託として、「弓削の道教を天皇にしたら、国家は安泰になる」旨を称徳天皇(女帝)に伝えてきた。

もちろん虚偽である。

道教を寵愛している称徳天皇はこれを信じ、宇佐八幡に確認の使者を送る。送られたのが、われらが和気清麻呂公である。

和気清麻呂公は八幡宮に到着し、改めて神託を伺うに、、、大神が現れて曰く

我が国は開闢(かいびゃく)以来、君臣の分定まれり。臣を以って君と為すこと未だあらざるなり。天津日嗣(ひつぎ)は必ず皇緒を立てよ。無道の人は宜しく早く掃除(そうじょ)すべし。

(日本は建国以来、主従のわきまえというものがある。臣下の者が主君になるなどもってのほか。世継ぎは皇室から立てなさい。そのような道理のわからぬ者は、すみやかに排除せよ!)

宇佐神宮HPより

帰京し、称徳天皇にありのままを報告すると、天皇は激怒。姓名を「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」に変えられ、足の腱を切られて鹿児島に流される。37歳のことである。

その鹿児島までの道のりは、不自由な足では大変厳しいもの。精根尽き果てたころ、道教によって差し向けられた刺客に襲われるのである。

絶体絶命のピンチ。清麻呂公は死を覚悟する。

しかしその時、一天にわかにかき曇り、天地が揺さぶるが如き雷鳴轟き、300頭の猪の大群が現れ、清麻呂公一行を守ったのである。

さらに、宇佐八幡に詣でたところ、道教に傷つけられた足もすっかり回復

その翌年、称徳天皇が崩御、道教も失脚し、清麻呂公は中央に復帰することになる。

このように、和気清麻呂公は、道教の策略から皇室を守ったわけである。その後も平安京の造営や治水政策など、その類い稀なる実務能力を遺憾なく発揮した。

▼和気清麻呂公が河内平野の治水事業として掘ったという運河の跡とされる「河底池(ちゃぶいけ)」と「和気橋」。堀越神社の裏手「茶臼山古墳」から撮影。

これらの功績により、高尾山神護寺の境内に「護法善神」として祀られることになるのである。

そしてこれを、「護王神社」として御所の傍らに移設するとは、王政復古政策にこだわる明治政府らしいと言わざるを得ない。

和気広虫姫命 日本初の孤児院

宇佐八幡神託事件が勃発する前のお話である。

清麻呂の姉、和気広虫姫は11歳から宮中に仕える女官であった。

仕えたのは、聖武天皇と光明皇后との間に生まれた娘、阿部内親王。後の孝謙天皇である。

そしてそして、孝謙天皇は一旦上皇に就いたのち再び「称徳天皇」として即位するのである。

さて、広虫は持ち前の利発さと素直さで、女帝にいたく気にいられた。ちなみに、この女帝、一生独身であったらしい。(だから道教のような輩と、、、)

朝廷の実権を握っていた藤原仲麻呂と女帝とは、懇ろな関係?だったかどうかは定かではないが、徐々に自分の意に沿わなくなった仲麻呂を疎ましく思い始める。

そこに付け込んだ道教。またしても道教。

政権争いが勃発する。「孝謙天皇&道教」対「藤原仲麻呂」、藤原仲麻呂の乱である。

負けた仲麻呂派関係者の375人の死罪を命じる上皇に、広虫は、藤原仲麻呂以外の者たちの助命を求めた。この嘆願は受け入れられ、仲麻呂以下一族34名以外の関係者は死罪を免れた。広虫がいかに女帝の信頼を得ていたかがわかる。

そしてこのとき広虫は、孤児となった子供たちを自らの手で育てることとした。なんとその人数は83名。これが日本初の孤児院と言われる由縁である。

その後、宇佐八幡神託事件が起こり、清麻呂公と同じく「別部狭虫」に名を変えられ、都から追放となるのだが、孝謙天皇あらため称徳天皇が崩御したのち、都に呼び戻されるのである。

「いのしし神社」護王神社のご利益

以上の逸話を知ったうえで、神前で祈ろうではないか。自然と、今日あるを感謝する気持ちが芽生えてくるはずである。

神様もそれを感じてくれるはずだ。

厄除け・災難よけ

清麻呂公が国難(道教事件)を未然に防いだことに因んで、さまざまな厄災を除いて頂ける

足腰の健康と病気平癒

前述の通り、当主祭神が猪の大群に救われたことに因み、猪を神の使いとし、足腰の守護神として、足腰の怪我や病気の平癒、また陸上競技などのアスリートたちからの信仰を集めている。

子育ての守護神

広虫姫の慈悲深い人と成りから、「子育ての守護神」としてあがめられている

喘息封じ

境内にカリンの大木がある。その実効から「喘息封じのご神木」とされている。

スポンサーリンク

「いのしし神社」護王神社 参拝記録

前置きが長くなってしまった。

京都御苑の西側面のほぼ中央あたり、烏丸通に面して鳥居が建っているのですぐにわかるだろう。駐車場は神社敷地の外周北側に縦列駐車する形で数台分確保されている。

が、ここは京都御苑の駐車場に入れて、京都御苑など周辺のスポットも満喫していただくことをお勧めする。

鳥居

IMG_20160618_160256

鳥居の両脇には、狛犬ではなく狛猪が。リアルである。猪のバックに見える森が京都御所。

IMG_20160618_160347

御千度車

漆黒の御影石に大祓詞が刻まれている。これを回すと大祓詞を奏上したことになるとされる。便利なものである。

そういえば、四天王寺の極楽門にも、転法輪なるものがあった。

IMG_20160618_160847

手水舎

こちらの水口は、やはり予想の通り「猪」である。他にも、大神神社の「蛇」、枚岡神社の「鹿」、恩地神社の「兎」などを見てきた私としては、特段、驚くべきものではない。しかし、猪の姿勢には「まいった」と申し上げておく。

IMG_20160618_160932

拝殿

神楽殿のようにも見えるが、拝殿である。こちらにも夏越大祓ではおなじみの茅の輪が設営されている。
天津祝詞を心の中で奏上しながら、左回り・右回り・左回り 最後に二礼二拍手一礼。

半年間で溜まった、心の罪、穢れを、茅の輪に移して祓っていただく儀式である。心が軽くなる道理がここにある。
IMG_20160618_162241

本殿中門

拝殿の向こう側に本殿の中門があり、こちらでも参拝できる。いや、こちらで参拝するべきであろう。荘厳な構えである。

IMG_20160618_161540

足萎難儀回復の碑

IMG_20160618_161838

本殿に向かって右側の招魂樹(おがたまのき)のそばにある「足萎難儀回復の碑」

足腰の病気やけがの回復を願って多くの人々が祈願する。私は、足形の石の上に乗って、ヒザの痛みを除いていただく祈願をした。

IMG_20160618_161804

井戸

IMG_20160618_161748

境内で最も気になったのが、この井戸である。先の足型の石に乗って発見したのであるが、この石に乗ってカメラを構えるのは、少し気恥ずかしいのである。位置的には、本殿の横。説明書きはない。よって井戸の名前すらわからないが、妙に気になったので紹介しておこう。

護王神社を参拝して

こちらの神社は、明治になってこの地に移設されたということもあってか、土地のパワーというものはあまり感じられなかった。私には。

しかし、和気清麻呂公と広虫姫の「正義感」や「慈悲の心」を感じて、自らを省みるいい機会になった。

大阪の「足の神様」の記事はコチラ!
➡ 服部天神宮|秦氏の氏神様は医薬の神で足の神。まさしく「癒し」のパワースポットだった!伊勢内宮の隣にも「足の神様」があります!
➡ 宇治神社|伊勢|ご利益あり!五輪金メダリスト「野口みずきさん」も祈願した「足神さん」は、陸上選手の聖地である!

 

番外編

今回の京都訪問で、一つ発見したスポットを紹介しておく。神社ではないので、単独の記事にはしない。

京都御苑の北側には相国寺があり、挟まれるように同志社大学がある。パワースポットに挟まれているのだが。

この同志社大学の構内にある「チャペル」ここが素晴らしくいい「癒し」の気を放っている。京都特有の蒸し暑いうえに、蚊にさされて痒い。まさに不快指数100%であったが、このチャペルの前だけは、違うのだ。涼しいわけではない。不快感がスーっと無くなるのだ。

IMG_20160618_165357

窓枠に時折キラっと光るステンドグラスが、美しい。

さて、下賀茂神社、京都御所、二条城、神泉苑、桂離宮。これら京都を代表するパワースポットは、良質な地下水脈上にあるという。このチャペルの地下にも水脈が走っているのだろうか。

また、テーマが見えてきたようだ。

構内には、大学関係者でなくとも自由に入ることができるので、ぜひお立ち寄り頂きたいスポットである。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!