鉄砲洲稲荷神社|中央区|京橋・銀座の総鎮守
鉄砲洲稲荷神社は東京都中央区湊一丁目に鎮座するお稲荷さん。湊稲荷とも称された。
鉄砲洲とは、隅田川河口にあった砂洲のこと。現在の湊・明石町あたりである。江戸市中への物流拠点として、また海上輸送から河川輸送への中継点として大層栄えたという。
このちょっと変わった地名は、家康が入府したころ、鉄砲の形をした砂洲であったことに由来する。あるいは、大砲の試し射ちをしたからとも。
江戸時代の鉄砲洲からは、沖に佃島と石川島が並んで浮かぶ姿が見えたのであろう。
鉄砲洲稲荷神社について
鉄砲洲稲荷神社 概要
- 所在地 東京都中央区湊1丁目6−7
- 電話番号 03-3551-2647
- 主祭神 稚産霊神・豊受姫神・宇迦之御魂神
- 創建年 841年
- 社格 郷社
- 公式HP http://www.teppozujinja.or.jp/index.html
鉄砲洲稲荷神社 アクセス
MAP
最寄り駅
- 地下鉄日比谷線「八丁堀駅」徒歩5分
- 地下鉄有楽町線「新富駅」徒歩10分
- 東京駅から都営バス東15「鉄砲洲」下車すぐ
駐車場
- なし
鉄砲洲稲荷神社の祭神
創建以来、「生成大神」(いなりのおおかみ)が祀られていた。
現在、その「生成大神」を「稚産霊神、豊受姫神、宇迦之御魂神の三柱」として祀っている。
稚産霊神(わくむすびのかみ)
古事記では、伊邪那岐命との神産みの最後、「火の神」を生んだことにより火傷を負い、苦しみもがく伊邪那美命の尿から生まれた神。
古事記では、豊受姫神を生んだとされ、日本書紀では、体から蚕と桑そして五穀が生じたと記載されている。
いずれにしても、食物を司る神と言えよう。
豊受姫神(とようけびめのかみ)
稚産霊神の娘。伊勢の神宮外宮に祀られ、大神となる。
内宮に祀られる天照大神の食事を司るために、はるばる丹後からやってきたとされ、すなわち、こちらの神も食物を司る神である。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
須佐之男命の子。大歳神とは兄妹の関係である。
稲荷神社の総本宮「伏見稲荷大社」の主祭神。故に、全国の稲荷神社の多くは宇迦之御魂神を祀っている。
鉄砲洲稲荷神社の創建
当地の伝承によると、創建は平安時代の承和8年(841年)まで遡る。
凶作に困り果てていた住民達の手によって、産土の国魂神をば「大御親生成(いなり)の大神」として祀り、万物の生命の生かしたもうことを祈願したのが始まりという。
その後、埋め立てが進むにつれて、京橋へ、室町末期には新京橋へというふうに海岸線に遷宮を重ね、最終的に鉄砲洲の稲荷橋南東詰鎮座した。
明治元年、現在地に遷宮し今日に至る。
鉄砲洲稲荷神社のご利益
京橋、銀座の産土神にして鎮守神である。東京で商売をされる方々は、鉄砲洲稲荷神社に参らずしてなんとしようか。
ご祭神と境内社の八幡様のご神徳により、商売繁盛、五穀豊穣、勝運向上、立身出世、金運上昇 などのご利益がいただけるのである。
鉄砲洲稲荷神社 参拝記録
東京駅「八重洲口」のバスターミナルから、深川車庫前行あるいは東京ビッグサイト行のバスに乗る。およそ10分で「鉄砲洲」バス停に到着するはずだ。目の前に鳥居が見えるだろう。
電車なら八丁堀。徒歩5分程度で到着する。
社頭
11月も中旬を過ぎるとなると、まだ午後2時だというのに、もうこのような夕方色。
この季節、人は誰しも切ない気持ちになり、人恋しくなる。
秋に始まる恋は長続きすると聞いたことがある。わかるような気がする。
狛犬
鳥居の両脇に控える狛犬たち。メインともいうべき位置に居ながら、妙に小さい。鳥居と比べて実にアンバランス。それが逆にユーモラスで可愛く見えるのである。
手水舎
水盤の底から水が湧出てくるタイプ。手口を漱いで、心身を清めよう。
そして反省しよう。
拝殿
大正12年の関東大震災で全壊した社殿は、昭和10年に再建。
太平洋戦争の空襲被害は免れたという。よって、この社殿は昭和初期のもの。
二拝二拍手一拝。
実は、こちらの参拝は今日で二度目。以前に参拝したとき、よんどころない事情があり、お願い奉納の初穂料(500円也)の半額しか払えなかった。
今日は利子も含めて払っておこう。
八幡神社
もともとここにあった八幡神社は、摂社となっている。
中に入ると、正面に鏡が据えられており、5つの社が同居していた。
左から、天満社・三輪社・浅間社・八幡神社・琴平神社・住吉社。
富士塚
中央区唯一の富士塚である。頂上には、鉄砲洲浅間神社が祀られている。
通常、登山は禁止となっているので、悪しからず。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
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