白雲神社|京都御苑|音楽が上手くなりたい人のための神社。

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白雲神社は、厳島神社・宗像神社と並んで、京都御苑にある3つの神社のひとつ。鎮座地は西園寺邸跡。

西園寺邸は「立命館」発祥の地でもある。3つの神社の中ではもっとも禁裏に近い。

白雲神社 概要

  • 所在地   京都府京都市上京区京都御苑内
  • 電話番号 075-211-1857
  • アクセス  地下鉄烏丸線「丸太町」
  • 駐車場   京都御苑の駐車場あり
  • 主祭神      妙音弁財天(市杵嶋姫命)
  • 創建年      1224年
  • 社格   なし
  • 公式HP

白雲神社 MAP

白雲神社の祭神

祭神は「妙音弁財天」。すなわち「市杵嶋姫命」。

妙音弁財天とは

弁財天は仏教における天部の一つだが、もともとはヒンドゥー教における「サラスヴァティー」で、河を司る「水の神」である。

次第に、芸術・学問などの知を司る女神とみなされていくようになった。

中国で仏教に取り込まれた弁財天も同じく、音楽神、福徳神、学芸神の神格を持つが、加えて戦勝神の性格も持ち合わせるようになる。

大日経では、音楽神である弁財天を「妙音天」と呼ぶ。琵琶を持って音楽を奏でているお馴染みの姿がそれだ。

よって、こちらの妙音弁財天は音楽に特化した弁財天であることがわかる。

白雲神社の創建・歴史

鎌倉時代の元仁元年(1224年)、琵琶の家として知られた藤原公経(西園寺公経)が西園寺を建立。

歴代天皇は西園寺家から琵琶を習うことが習わしとなっていたという琵琶の家。妙音堂を造営して妙音弁財天を祀った。これが始まりである。後にその場所に金閣寺が造営されることになる。

鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇を暗殺しようとする謀反が発覚。西園寺公経は処刑された。

それによって、西園寺も荒廃していくことになる。妙音堂は一時、赤八幡京極寺に移設されていたらしい。

1769年(明和6)、西園寺邸の移転と共に現在地に移り再興され、「禁裏御祈祷所」と定められ、また庶人の信仰も集めるようになった。

明治に入ると、西園寺家は東京へ移住。妙音堂は管理者不在となり、さらに廃仏毀釈の危機に直面。しかし地元有志の尽力により、弁財天を市杵島姫に変更し「神社」として存続することになったという。

白雲神社のご利益

もちろん音楽。

弁財天であるからして、芸能・財宝・学問がメイン。交通安全や水難除けなどもあるだろう。

本殿裏の薬師石によって、病気平癒のご利益も!

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白雲神社 参拝記録

京都御苑の南から入ると、まず「厳島神社」がある。そこから時計回りに御苑内を歩くと、次に現れるのが宗像神社。さらに時計回りに歩くと、左手の林の中に神社らしきものが見えてくる。

それが白雲神社だ。少しわかりにくい場所にある。

南の入口

 

ここから入ると、本殿の横から入ることになる。横入りだ。よって、西側に回り込もう。

西の正門

社標もあり、鳥居もある。こちらが正門であろう。

手水盤

見えにくいが、花びらと木の葉が浮かべられている。女神を祀る神社にふさわしい。

拝殿の前にある、供物奉納舎?

境内には、このような施設がいくつかある。中には燭台が置かれてあるものも。妙音堂時代の遺物であろう。

少し変わった形の破風である。金色の飾りが美しい。

拝殿内

寺院の香りを感じるのは、私だけであろうか。

二拝二拍手一拝。

金運向上がご利益ということではあるが、ここはぐっと我慢。参拝させていただけたことを喜び、感謝申し上げるに留めておくのが奥ゆかしいのである。

薬師石

本殿の真裏に「薬師石」なるものがあった。別名「御所のへそ石」

「この石を手で撫でて患部をさすると、怪我や病気の治癒に効験があると伝えられる。」とある。また、「古くから信仰の対象(磐座)であり神聖な場所である」とも。

これは難しい。

磐座とは「神が宿る石」「神が降臨する石」である。未だかつて磐座に手を触れることは無かった。普通は触れられないようにガードされているものだ。

しかし、「どうぞ」とおっしゃっていただけているのだから、ここは慎み深く撫でさせていただこうではないか。

少なくとも、ひざまずいて礼を尽くしてから。。。

福寿稲荷神社

こちらは、西園寺家の屋敷神として祀られていた「福寿稲荷神社」。

倉稲魂神が祀られているのだろう。五穀豊穣・商売繁盛・家内安全の神である。

まとめ

音楽に携わる方々、立命館大学出身の方々にお勧めしたい神社である。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

京都御苑内にある神社も、合わせて参拝いただければ幸いです。

宗像神社(花山院家跡)

厳島神社(九条家邸 庭園内)