櫟谷七野神社|京都にあった!浮気封じ・復縁祈願の決定版!
平安京の北のシンボル「船岡山」の南東、京都市上京区の西陣の真ん中、住宅地の路地の奥に隠れるように鎮座する「櫟谷七野神社」は、全国的には有名ではないが由緒ある神社である。
「櫟谷」とは、この辺りの昔の地名である。「七野」とは、かつて船岡山の山麓に広がっていた七つの原野「紫野・禁野・柏野・北野・平野・蓮台野・内野」を指すとし、「七つの野の鎮守として櫟谷に鎮座する神社」という意味になる。というのが一般的である。
他にも、この場所にあった「賀茂斎院」を廃止したあと、屋敷に祀られていた七柱の神々をここに祀ったという説、春日大神に加えて、伊勢・八幡・賀茂・松尾・平野・稲荷の6大神を順次勧請し合祀したという説など、はっきりとしない。
櫟谷七野神社について
櫟谷七野神社の創建
「櫟谷七野神社」の創建年代は定かではない。
社伝によれば、
西暦850年、55代文徳天皇の皇后が懐妊した際、安産祈願のため、大和の春日大社から春日大神をこの地に勧請した
とする。
その当時は、純粋に春日神社だったようだ。
櫟谷七野神社の祭神
その後、多くの神々を合祀していったことにより、、、
現在の「櫟谷七野神社」の祭神は、高沙大神・春日大神・武甕槌命 他19柱とされている。
合計22柱も祀られていることになる。
櫟谷七野神社のご利益「復縁・浮気封じ」
「櫟谷七野神社」のご利益は、何といっても「浮気封じ」「復縁」である。
極めてピンポイントなのである。これだけの神々を祀りながら、凄まじくピンポイントだ。潔さすら覚える。
と思っていたら、普通の恋愛成就の御利益もありとのこと。よかった。
なぜ「復縁・浮気封じ」なのか?
雍州府誌によると、
宇多天皇の皇后は、天皇の寵愛を取り戻そうと祈っていた。すると夢告に「社前の白い砂を三笠山の形に積み、祈願せよ」とあった。それに従って大和の三笠山を白砂で築いたら、天皇の寵愛が戻った。その後、白砂でつくる山を「高砂山」と呼ぶようになった。
と伝える。
三笠山とは「御蓋山(みかさやま)」。
春日大社の神奈備山で、春日大社の祭神である武甕槌命が、枚岡神社から勧請されたとき、白鹿に乗って降り立った場所とされる。
すなわち、三笠山とは春日神の象徴である。
宇多天皇の在位期間は887年~897年。この期間に、この風習が成立していったということになろう。
主祭神の「高沙大神」は、「浮気封じ」の御神徳を広く世間に広めるために、庶民にわかりやすく名付けられた神名なのだろうと想像する。。。
復縁・浮気封じ祈願の手順 高砂山祈願
正式名称は「高砂山祈願」という。浮気封じ・復縁・恋愛成就にご利益ありとされる。
当社は基本的には無人なので、すべて自分で行うことになろう。
手順は、、、
- ご本殿に参拝。
- 拝殿横に白砂(白石)が詰められた袋をとる。
- 白砂を専用台に「三笠山の形」に積む。
- 袋に入っているおしぼりで手を拭く。
- 袋に入っている用紙に祈願の願意を記入する。
- 初穂料1000円と祈願申込用紙を賽銭箱にお納める。
そうすると、神前にてご祈願して頂けるわけだ。
さらに、ご神符が欲しい場合は、別途1500円。
特別ご神符 なるものも登場。別途2000円。
後日、郵送して頂ける。
次ページに続く
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