金刀比羅宮|虎ノ門|ご利益は金運と縁結び・縁切り。都会にあった、神が鎮まる場所。

2018年7月3日

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金刀比羅宮は、東京都港区虎ノ門にある神社である。

高層ビル「虎ノ門琴平タワー」の敷地内にある、日本橋人形町の水天宮と同じく都心の神社の様相を呈している。

讃岐国の金刀比羅宮のご分霊を祀り、境内には金運の「喜代住稲荷」や縁結びの「結神社」という人気の社もある、東京のパワースポットとしては外せない神社である。

虎ノ門金刀比羅宮 概要

  • 所在地   東京都港区虎ノ門1丁目2−7
  • 電話番号  03-3501-9355
  • 最寄り駅  銀座線虎ノ門駅から徒歩1分
  • 駐車場   なし
  • 主祭神   大物主神・崇徳天皇
  • 創建年       1660年
  • 社格    府社
  • 公式HP    http://www.kotohira.or.jp/

虎ノ門金刀比羅宮 MAP

東京都港区虎ノ門1丁目2−7

虎ノ門金刀比羅宮の祭神

讃岐国の金刀比羅宮と同じく、大物主神と崇徳天皇を祀る。

大物主神

言わずと知れた、三輪山に鎮まる大神神社の主祭神であるが、こちらの大物主神は讃岐の金比羅宮からの分霊とされる。

大国主命と少彦名命の国造りの終盤、突然、少彦名命が常世の国に行ってしまい、大国主命は途方に暮れていた。

そこに、遠い沖合いから海原を照らして光り輝きながら近寄ってきた神が。。。

「吾は汝の和魂である。吾を大和の東の山に祀りなさい。さすれば国造りを完成することが出来よう」

この神が、大和国三諸山に鎮まる大物主大神である。

この大物主神が讃岐国の金刀比羅宮に顕現したとされ、現在、讃岐金刀比羅宮の主祭神となっているとのこと。

崇徳天皇

第75代、平安時代末期の天皇。菅原道真公と平将門公と並んで「日本三大怨霊」とされる。「日本三大妖怪」とも。。。

鳥羽天皇の子として生まれたのだが、祖父である白河上皇の種ではないかと噂されたため、父の鳥羽天皇から疎まれ、権力の座に就くこと無く、弟との権力争いにも敗れ讃岐に流罪となった。

実に気の毒なお方である。

配流先の讃岐国では、象頭山金光院に籠って仏教に傾倒。五経の写本を作成し、朝廷に献上したところ、弟である後白河上皇が「呪詛が込められているやも、、、」と突き返した。

この仕打ちを受けて、崇徳上皇は自らの舌をかみ切り、その血で呪詛を書き残し、その三日後には崩御されたとされている。生きながら天狗になったとも。。。

その呪詛の言葉とは、、、

「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん!」

すなわち、、、

「私は日本国の魔界の天狗となり、天皇の権力を奪いとり、民にその権力を与えてやる!」

ほどなく都では、二度の大火、後白河天皇の御子の急死が相次ぎ、上皇の祟りであるとされた。

虎ノ門金刀比羅宮の創建

創建は、1660年。丸亀藩藩主「京極高和」が、三田にあった丸亀藩藩邸内に故郷の金毘羅大権現を勧請したのが始まり。

1679年、江戸藩邸三田から虎ノ門(現鎮座地)に移転。これに伴い金刀比羅大権現も遷座した。

こんぴら信仰が盛んになると、毎月10日には江戸藩邸を開放して、一般庶民の参拝を許可した。大変な人気を博したという。

金毘羅大権現とは?

西暦700年過ぎのこと。修験道の開祖といわれる役行者が、讃岐国の象頭山に登ったとき、インドの象頭山に住む護法善神金毘羅「クンピーラ」の神験に遭った。

そこに松尾寺金光院を建立して象頭山金毘羅大権現を祀ったのが、金刀比羅宮の起源という説が有力だ。「権現」とは「仮の姿」で、金毘羅大権現の本地は不動明王とされた。

前述の崇徳天皇は、この松尾寺金光院に合祀されたのである。

このように、江戸時代に三田に創建されたのは「金毘羅大権現」なのである。日本神道の神ではなかった。神社でも無かった?神社と寺院の中間?ということになろうか。

ではなぜ、いま「大物主神」なのだろうか。

神仏分離

それは、明治に行われた神仏分離政策に起因する。このとき、神仏習合の神であった牛頭天王は須佐之男命に、弁財天は市杵嶋姫命に変更されたのと同じように、愛宕大権現や金毘羅大権現などの「権現」も一斉に神話に登場する神に変えられた。

なぜに大物主神なのか?

一つは、松尾寺金光院が建立される以前から大物主神をまつる「琴平社」があり、神仏分離政策によって元の祭神に戻ったとする説。

一方は、やはり松尾寺金光院の金毘羅(クンピーラ)が起源で、神仏分離の際に大物主神があてがわれたとする説。

それは、、、

金毘羅「クンピーラ」は、ガンジス河のワニを神格化した神。そして日本に入ると蛇神とされた。

大物主神は、海の彼方から海を照らしてやってきた神で、龍神あるいは蛇神とされる。ガンジス河のワニと似ていよう。というわけで、金毘羅大権現=大物主神と位置づけられたという。

そして「クンピーラ」は、ガンジス河をつかさどる神「ガンガ」の乗り物。従って金毘羅大権現は海上交通の守護神として信仰されてきた。

これらのことから、各地の金刀比羅宮に祀られる「大物主神」の神格は「海上交通守護の神」となるわけだ。

虎ノ門金刀比羅宮のご利益

HPによると、海上守護・大漁満足・五穀豊穣・殖産興業・招福除災の神。

芝区誌には、この金刀比羅宮について「神社仏閣は多かれど、禁酒祈願は市内で唯一ここだけ」というような内容が記載されている。

ほかにも境内社「結神社」に関しては、「縁結び」のご利益を頂けるとされ、江戸時代から女性の信仰を集めてきたと記されている。

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虎ノ門金刀比羅宮 参拝記録

芝の愛宕山に鎮座する愛宕神社から徒歩で10分。銀座線の虎ノ門駅からだと1分だろうか。

桜田通り沿いを歩くと「虎ノ門琴平タワー」が見える。そして幟が。

このビルの敷地内に本殿があり、このビルの1階が社務所。言い換えれば、神社の境内にある社務所がタワービルとも言える。

手水盤

当然ながら水口は龍。神紋は「丸に金」である。洗心と刻まれている。心身の禊である。

本殿前の銅製の鳥居

この鳥居には、四神があしらわれている。「四神」すなわち、四方を司る神獣で、東の「青龍」、西の「白虎」。南の「朱雀」に、北の「玄武」。中央は麒麟もしくは黄龍らしい。

平城京や平安京都の大内裏の南の門を朱雀門と名付けたのは、この思想があるから。

この鳥居は江戸時代から存在しており、まさに神仏習合のシンボルとも言える。

虎ノ門金刀比羅宮の拝殿

権現造りの重厚な拝殿である。二拝二拍手一拝。天津祝詞。

気持ちが軽くなった気がしたのは、気のせいだろうか。

前述の通り、こちらの金刀比羅宮は、断酒」祈願に霊験あらたかであったと聞く。私の身についた罪や穢れを断ち切ってもらえたのだろうか。

そういえば、京都の祇園に鎮座する「安井金毘羅宮」は人の縁までも切ってしまう「縁切り神社」として全国に知られる。

金刀比羅宮とは、そのような霊力を持つ神社なのかもしれない。

虎ノ門金刀比羅宮の本殿

本殿の背景には高層オフィスビル。シュールな光景である。

このビルが、虎ノ門琴平タワー。地上26階、地下3階建、最高部の高さは115.2m。1・3・26階は金刀比羅宮の所有とのこと。

そういえば、日本橋人形町の水天宮も、現代的な神社の在り方だ。

喜代住稲荷神社(きよすみいなりじんじゃ)

拝殿に向かって右手に、境内社が2社並ぶ。その一社が「喜代住稲荷神社」(きよすみいなり)。

この稲荷の由緒などの詳細は不明。稲荷神社であるからして、稲荷神が祀られている。宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)か。荼枳尼天(だきにてん)ではなかろう。

金運の神様として、虎ノ門のビジネスマン達の信仰を集めている。

結神社(むすびじんじゃ)

こちらも人気の社である。結神社。こちらも詳細は不明だ。

祭神は結大神(むすびのおおかみ)とされているが、その正体はよくわからない。ヒントとすると、、、

  • 「結神社」(むすぶじんじゃ)(岐阜県)・・・天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神を祀る。生産・縁結びの神。
  • 「結大神」(和歌山県)・・・「熊野結大神」(くまのむすひのおおかみ)。熊野速玉大社の祭神であり女神とされる。伊邪那美命であるとも言われている。縁結びの神とされる。
  • 「結社」(ゆいのやしろ)(京都)・・・貴船神社の中宮。「大山津見神」の娘「磐永姫命」を祀る。縁結びの神。
  • 「産日神」(京都)・・・下鴨神社の末社「相生社」の祭神が「産霊神」。縁結びの神。

さて、この結神社は江戸時代からこの地にあり、良縁を祈願する女性が自らの黒髪を切って社や神木に結びつけたり、折紙を結び付けたりしていたようだ。

現在では、良縁祈願のお守りとともに「赤い糸」が授与され、その赤い糸を結び付けて良縁を祈願するシステムとなっている。

狭い境内ではあるが、見どころ満載の神社である。

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