香椎宮|福岡市|パワースポット「不老水」で元気溌溂。宇佐に並ぶ九州の勅祭社。

2018年9月3日

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香椎宮(かしいぐう)は、福岡市東区香椎に鎮座する神社で、官幣大社に格付けされた権威ある神社であり、かつ仲哀天皇の「廟」でもある。

現在も、国内16社しかない勅祭社の1社であり、香椎宮は宇佐神宮とともに、10年ごとに勅使が遣わされる大社である。

香椎宮の創建と歴史

西暦200年。

熊襲征伐の大本営として「橿日宮(訶志比宮)」を造営し滞在していた仲哀天皇が崩御された。そのとき神功皇后が「橿日宮(訶志比宮)」に祠を創建したのが、始まりという。

時は移り724年。

神となった神功皇后の神託が降りて、聖武天皇の命により神功皇后の「廟」が造営され、仲哀天皇の神霊も遷され「香椎廟」と称した。

「廟」であるからして墳墓である。よって神社という捉え方はされていなかったのだろう。延喜式神名帳には見えない。

平安時代末期か鎌倉時代初期。

香椎廟が普通の神社と同じように扱われるようにり、祭神も神功皇后の一柱とされるようになったことから、仲哀天皇の神霊を祀る摂社が新たに創建された。これが、「古宮大明神」である。

大正4年。

大正になってやっと、仲哀天皇の神霊を神功皇后が鎮まる本殿に合祀。すでに相殿に八幡大神と住吉大神が祀られていたようで、これで現在の4柱体制が完成した。

大正4年と言えば日韓併合から5年。古代の三韓征伐の主役達を祭神に並べた形である。朝鮮半島統治を強く意識した祭神と感じざるを得ない。

香椎宮の祭神

主祭神は、仲哀天皇と神功皇后の二柱。配神に、応神天皇と住吉大神を祀る。

仲哀天皇

第14代の天皇。父は日本武尊。大和朝廷の勢力拡大に貢献した。

熊曽征伐の拠点「橿日宮」において、「熊襲よりも新羅に進出せよ」との住吉大神の神託を疑ったために、住吉大神の怒りにふれて急死。
(神の恐ろしい側面である。)

その謚の通り、なんとも哀れな天皇である。。。

戦意高揚のため、一般には崩御を知らせず、棺を椎の木に立てかけていた。葬儀は下関の「豊浦宮」で行われ、墳墓は大阪市藤井寺市の岡ミンザイ古墳であるとされる。

近くには、父である日本武尊の古墳、子である応神天皇の古墳もある。

神功皇后

仲哀天皇の皇后にして、第15代応神天皇の母。仲哀天皇が疑った住吉大神の神託に従って、三韓征伐を行った勇猛果敢な女帝である。

応神天皇

第15代天皇。神功皇后のお腹の中にいるときに、住吉大神から「天皇になるべき子」といわれたため、生まれながらにして天皇になる子「胎中天皇」とも称された。

秦氏が奉じる外来神「八幡神」と習合し、全国の八幡宮・八幡神社に祀られる。

住吉大神

伊邪那岐命の「禊」で現れた三柱の神、底筒男命・中筒男命・表筒男命の総称である。よって祓いの神と言えよう。

仲哀天皇を死に至らしめた恐ろしい神であり、三韓征伐を守護し導いた強い神である。

香椎宮のご利益

香椎宮発表のご神徳は次の通り。

  • 仲哀天皇・・・国家安寧・世界平和・家運隆盛
  • 神功皇后・・・外交・安産育児・芸能上達・土木治水
  • 応神天皇・・・国家繁栄・厄除開運・武運長久・成功勝利
  • 住吉大神・・・清祓・除災招福・海上安全・交通安全

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香椎宮 参拝記録

博多駅から鹿児島本線の区間快速に乗って3駅目「香椎駅」で香椎線に乗り換えるのだが、待ち時間が20分。よって、香椎駅から徒歩で目指すことにする。

改札を出て通りを左へ。線路沿いに歩く。途中、川が流れていた。小魚が沢山泳いでいる。

その川沿いに歩こう。香椎高校の運動場を左に見ながら歩くことになる。しばらくすると右へ道成り?に。

大木の並木道に出た。香椎宮の参道のようだ。

勅使通り

香椎宮から西に伸びる参道。大楠の並木道である。かつては勅使しか通ることが出来なかったという。よって勅使道。

ここまでくれば、もうすぐだ。駅から15分ぐらいで社頭に到着。

香椎宮 一の鳥居

石造りの神橋を渡り神域へと入る。

ちなみに、この鳥居の右手に大きな無料駐車場がある。車で来ても安心だ。

弁財天社

まずは左手の池に弁財天社が鎮座している。祠の中には弁財天像が安置されている。

現在の祭神は、市杵嶋姫命」ご利益は、財運・開運招福・芸能上達。香椎宮八所の一つとして、創建当初から祀られているという。

猿田彦大神

内参道の途中に「猿田彦大神」と刻まれた石柱が、ぽつねんと立っている。

天狗のモデルにもなっている猿田彦命は、瓊瓊杵尊の降臨の際に道案内役をした国津神。伊勢国の大地主神である。

かつては、道標として、あるいは魔除けとして、全国各地の村々の入口に立てられていた。この石柱も、どこかの村にあったものをこちらに移設したのだそうだ。

香椎宮 二の鳥居

さあ、二の鳥居から一段高い場所に楼門が見える。自然と気が引き締まる。

参道の石畳の筋をご覧いただきたい。鳥居の部分で「くの字」に曲がっているのがわかる。

祟り神を祀る神社は、三度が曲がっていると聞いたことがある。仲哀天皇は祟り神ではないが、ある意味、この神社は「鎮魂」の意味合いが強いとは思う。

香椎宮 楼門

またもや石造りの神橋を渡る。古めかしい楼門がそびえる。檜皮葺総欅白木造りで、戦火によって焼失したものを、明治36年に再建されたとのこと。

明治36年までに起こったという戦火とは?西南戦争のことだろうか。。。

手水舎

神社の規模の割に小さな手水盤である。まずは、ここで清めよう。

開運のパワースポット!?

ここでちょっとお遊びを。。。

まずは、この「吽形」の狛犬を触る。阿形」ではないのである。

そして内参道の石畳の、ちょうど手水舎前に一枚だけ色が白い石畳があるので、そこに立つ。

そして、楼門を見る。

▼見た風景がこちらの画像

「門」の中に「鳥居」。すなわち「開」という字を表す。

運(吽)を開くということで、「開運のパワースポット」となるわけだ。

綾杉の御神木

神功皇后が三韓征伐から帰還したとき、ここに剣・鉾・杖を埋め、「とこしへに本朝を鎮め護るべし」との祈りを込めて、鎧の袖に刺していた杉枝を植えたものが成長したものと伝わる杉の木。

このようなご神木であるがゆえに、国家鎮護の象徴として、この杉の葉を朝廷に献上する習わしがあるとのこと。

そばに立つと、ズーンと押さえつけられる感覚があった。

稲荷社

綾杉の奥に、2つの祠が並んでいる。

左側が、「香椎宮稲荷社」である。祭神は「保食大神(うけもちのおおかみ)」。ご利益は五五穀豊穣と商売繁盛

明治15年に、近隣から遷座されたという。

鶏石神社

右側の祠。狛犬が、なんと!雄鶏と雌鶏になっている!「鶏石神社」である。

祭神は不明。ご神体は鶏石。

鶏の死を悲しんだ僧侶が、石になった鶏を祀ったという伝承がある。となれば、鶏の神霊を祀っていることになろうか。日本で唯一の鶏を祀る神社ということにもなろう。

ご利益は「修理固成」

念願だった諸事万端がいよいよ成就することを表す。

修理固成
伊邪那岐命と伊邪那美命は、天照大神から「この漂える国を、修め理り固め成せ」と命令され、国生みを始める。
次に「五徳向上」のご利益。

これは、「冠を戴くは文なり、足に距(けづめ)を持つは武なり、敵前に敢えて戦うは勇なり、食を見て相呼ぶは仁なり、夜を守って時を失わぬは信なり。」言われ、鶏は文武勇仁信の五徳に優れるとさるからである。

さらに、「夜泣き封じ」のご利益。

鶏は早朝になると鳴くが、夜中は決して鳴かないからである。

そして、「運気上昇」のご利益。

天照大神のお使いとされる鶏。天照大神といえば太陽神。太陽が昇る如く、運気も上昇するのである。

では、いよいよ拝殿へと昇ろうではないか。

中門

中門から左右に回廊が巡らされている。

香椎宮 拝殿

綾杉の正面の石段を上がると中門の先に香椎宮の拝殿が見える。

二拝二拍手一拝。天津祝詞。何も聞こえなくなった。一人だけ隔離されたような感覚、。不思議である。

ここはまさに神功皇后廟。思えば、つい1か月前に羽曳野の応神天皇陵、藤井寺の仲哀天皇陵を訪れたところだ。その時は、まさかここに来るとは思ってもみなかったのだが、これも何かの縁なのだろう。

香椎宮 本殿

これが、日本にここにしかない「香椎造」という様式の神殿である。

香椎造りの特徴は、、、

正面に浜床をそなえて向拝をつくり、左右に車寄せをもうける。屋は本宇のうえに左右に妻をあらわした入母屋をおおい、その正面に千鳥破風をおき、向拝に縋破風をかけ、左右は切妻屋根をおおい、車寄せに廂屋根を冠する。 引用元:Wikipedia

しかし、私が思う最大の特徴は、千木と鰹木が無いこと。何故無いのだろう。

本殿の真裏

うーん。やはり千木や鰹木がない。朱塗りの柱でなければ寺院に見えてしまう。???

そもそも、ここは明治までは「香椎廟」であり「神社」ではなかったのであった。

千木と鰹木がないのも、そこらへんに関係があるのかも。。。

本殿真裏の楠

本殿の真裏に大きな楠が聳えている。注連縄はされていないが神聖なる木であろうことは想像に難くない。

ちょうど、この楠と本殿と綾杉が一直線に並ぶ格好となっている。

 

武内神社

本殿の左奥、右奥に、摂社が2社。本殿に従うが如く鎮座している。

本殿に向かって左奥に鎮座するのが、武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を祀る「武内神社」。仲哀天皇・神功皇后の臣下の筆頭と言えよう。明治10年の創建。

記紀によると、武内宿禰命は、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の天皇に仕えた大臣。有に300歳を超えるという超長寿である。

この長寿の秘訣は「長寿水」。香椎宮の北200mの場所に湧く地下水である。

不老長寿、学業向上、身体健康のご利益がある。

巻尾神社

本殿に向かって右奥に鎮座するのは「巻尾神社」

祭神は、中臣鳥賊津大連命(なかとみのいかつおおむらじのみこと)。武内宿禰命に次ぐ、第2の大臣である。

仲哀天皇が神の怒りによって崩御された事件にかかわった数少ない人々の内の一人であり、三韓親征の時には、仲哀天皇が眠る香椎の地の守護を命じられた。

いまも、ここで香椎宮を守護しているのだ。よって強い神なのである。

ご利益は、勝負運向上、武芸上達、成功勝利。

では、一旦境内から出て、隣の丘、すなわち「古宮」に行くことにする。

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