水鏡天満宮|福岡天神|福岡城の守護神にして、天神の地名の由来となった神社。

2018年10月29日

水鏡天満宮は、中洲と天神の境目を流れる那珂川に薬院新川が合流する地点に鎮座する天満宮である。

中洲は博多の、いや九州最大の歓楽街。天神は福岡の、いや九州最大の商業集積地にして政治経済の中心。

そんな夜の街と昼の街の境目に鎮座する水鏡天満宮は、その「天神」の地名の由来となった天満宮であるからして、「天神」を訪れるならば、是非とも参拝頂きたい。きっといいことがあるだろう。

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水鏡天満宮について

水鏡天満宮 概要

  • 所在地   福岡県福岡市中央区天神一丁目15番4号
  • 電話番号  092-741-8754
  • 主祭神   菅原道真公
  • 創建年      不明
  • 社格   村社
  • 公式HP     なし

水鏡天満宮 アクセス

MAP

最寄り駅

  • 地下鉄空港線「天神」徒歩2分
  • 地下鉄七隈線「南天神」徒歩7分
  • 西鉄天神大牟田線「福岡(天神)駅」徒歩9分

駐車場

  • なし(有料)

水鏡天満宮の祭神

祭神は、もちろん菅原道真公である。

菅原道真公

菅原道真公は平安時代の学者であり政治家。日本三大怨霊の一人に数えられる祟り神であった。

道真公は、幼いころから学業に優れ、5歳で和歌を詠んだという天才である。そして天才でありながら努力を惜しまない大秀才でもあった。

藤原氏全盛期を迎えようとする時代に、土師氏の末裔という家柄の菅原道真公が右大臣にまで昇り詰めたことは、当時の常識では考えられないくらいの大出世。宇多天皇による大抜擢なのである。

であるがゆえに妬まれる。

やがて、宇多天皇の御代から醍醐天皇の御代へ。左大臣であった藤原時平の讒言を真に受けた醍醐天皇の命により、大宰府の「大宰権帥」(大宰府の副長官)に格下げされた。右大臣からすると大降格。すなわち左遷である。もう、流罪に近いだろう。

太宰府で失意のうちに死去。

「天満大自在天神」となり、都に天変地異を引き起こす怨霊となった。

これを畏れた朝廷は、道真公の怨念を鎮めるため、都に社殿を造営して道真公を神として祀ることにした。北野天満宮の創建である。

水鏡天満宮の創建

創建年代は不明であるが、創建の由来は、、、

京の都から筑前大宰府へ。道真公の左遷の旅もあともう少し。途中で何度も死にそうな目に逢いながらも、なんとか船で博多に入港した。

冷泉津にうかぶ箕島(現:美野島)の奥、四十川(現:薬院新川)の河口あたり(現:今津)に上陸。そして水面に移る自らの顔を見て、やつれた姿を悲しんだ

という。

道真公の死後、天神信仰が広まる中で、その伝承に因んで天神が創建された。それが当社というわけだ。

当時は「水鏡天神(すいきょうてんじん)」「容見天神(すがたみてんじん)」などと称された。

下の絵図は、鎌倉時代の博多湾の古絵図。中央の、森が描かれている半島が住吉大明神(住吉神社)で、その対岸の岬に「容見天神」と書かれてある。

現在地に遷座したのは、江戸時代の初期。黒田長政が福岡城の鬼門に移し城の守護神とした。

水鏡天満宮のご利益

学問の神様

道真公と言えば、学問の神様。シーズンともなると、受験合格祈願・学業向上祈願に参拝される人々の列は絶えない。もちろん、日頃の努力が必要なことは言うまでもない。

出世の神様

さらに、出世運向上が期待できる。藤原氏全盛時代に、右大臣にまで上り詰めた道真公。おそらく知識見識だけでなく、出世欲や出世運も強かったと推察するのである。

冤罪を晴らす神様

そして、冤罪を晴らしていただける神様でもある。いじめ・パワハラ・濡れ衣や誤解などで悔しい思いをされている方々の、その思いを一番わかっていただける神様だと思う。是非、参拝頂きたい。救われるやも。。。

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水鏡天満宮 参拝記録

福岡市中央区天神。大阪で言えば本御堂筋の新町交差点ような雰囲気である。

天神の交差点から中洲方面へ歩く。中洲の手前「福岡アクロス」の向かい側に鳥居が見える。

社頭

ビルに囲まれてはいるが、この朱色は目立つから見過ごすことはなかろう。

石造りの明神鳥居。額には「天満宮」しかし、社頭標には「水鏡天満宮」ではなく「水鏡神社」と刻まれている。

神門

こちらの天満宮の内参道は、本殿・拝殿が真っすぐ見通せる設計となっている。

神門をくぐろう。

神橋

神橋が架けられている。鳥居・神門・神橋と進むごとに、神々しさが増す。

橋の下は池となっていて、錦鯉が優雅に泳いでいた。

神橋を渡ると手水舎がある。こちらも鮮やかな朱色だ。この手水舎には若い女性がよく似合う。欲を言えば和服姿。

中門

石段を上がった所に中門、そして奥に拝殿が見える。

中門の左右には臥牛が控えている。

なかなか可愛い顔をした臥牛だ。

牛は天神様の使いとされる。道真公と牛とは縁が深い。

  • 道真公の誕生年が丑年だった
  • 左遷の旅の途中、刺客に襲われたとき牛に助けられた

などなど、道真公と牛をつなぐ逸話がいくつかあるが、なかでも、

  • 道真公の亡き骸を運ぶ牛が、ある場所で臥したままテコでも動かなくなった。これを遺言と照らし合わせて、そこを道真公の墓所とすることにした。

なので、天満宮に奉納される牛の像は臥牛なのである。

ウソ

狛犬の横にフクロウのような石像がある。これはフクロウではない。うそ。

うそは「鷽」と書く。鶯(ウグイス)ではない。

「うそ」は幸運を招く鳥とされ、天満宮の守り神とも。

木彫りの「うそ鳥」を毎年新しいものに替えると、前年の悪いことが全部「嘘」(なかったこと)になり、新年の吉兆を招き、開運・出世・幸福を得ることが出来るという。

拝殿

拝殿も、朱色が鮮やかで華やか。若い和服の女性が似合うのである。

二拝二拍手一拝。

社務所の番犬が吠える声で集中できなかった。。。

拝殿内

筥崎宮でも見たが、ここにも水王と火王のお面が飾られている。

拝殿内の神額

金ピカピンである。

荒木田稲荷社

拝殿に向かって左奥。荒木田稲荷社が鎮座する。

末社合祀殿

大黒社、秋葉社、金刀比羅社、宮地獄社が祀られている。

  • 大黒社>>>祭神は大国主命、あるいは大黒天。
  • 秋葉社>>>祭神は、火之迦具土大神あるいは秋葉大権現。
  • 金刀比羅社>>>祭神は大物主命、あるいは金比羅大権現
  • 宮地獄社>>>祭神は神功皇后一柱か、勝村大神勝頼大神も合わせ祀るか。

本殿裏の謎の石

本殿の真裏に謎の石が置かれてあった。

亀のように見える。亀石か。亀石がある場合、鶴石もあるケースが多いのだが、無かった。

よくわからない。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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