高鴨神社|奈良葛城|迦毛之大御神を祀る神社は元気回復のパワースポットだ。
高鴨神社は古代豪族である葛城賀茂氏の発祥の地とされる。
延喜式神名帳に「高鴨阿治須岐詫彦根命神社」と記載される式内社で、名神大社に列する特別に霊験あらたかな大社である。
この神域の地下には鉱脈があり、「気」が放出されている。気は生命の根源であり、気を浴びることによって心身ともにリフレッシュできるという。
神域の西の池にそって活断層が走っていることも関係しているのであろう。
これが高鴨神社をして元気回復のパワースポットと呼ばしめる由縁だ。
ちなみに、金剛山麓に、こちらも名神大社で神話のふるさと高天原の伝承地に鎮座する「高天彦神社」があるのだが、この神社は基本的に無人であるがゆえに、御朱印は所管であるここ「高鴨神社」でしか頂けない。御注意願いたい。
高鴨神社について
高鴨神社 概要
- 所在地 奈良県御所市鴨神1110
- 電話番号 0745-66-0609
- 主祭神 阿遅志貴高日子根命(迦毛之大御神)
- 創建年 不詳
- 社格 式内名神大社・県社
- 公式HP takakamo.or.jp
高鴨神社 アクセス
MAP
最寄り駅
- 近鉄御所線御所駅→風の森バス停
駐車場
- あり(無料)
高鴨神社の祭神
本殿に祀られる神は、次の通り
- 阿遅志貴高日子根命
- 事代主命
- 阿治須岐速雄命
- 下照姫命・天稚彦命
神名帳には、4座とある。主祭神の阿遅志貴高日子根命は確定と考えられるが、その他の3座は時代によって変化しているようで、そもそもははっきりしないらしい。
下照姫命と天稚彦命は1対の夫婦として1座とカウントしているのだろう。
阿遅志貴高日子根命(迦毛之大御神)
「あじすきたかひこねのみこと」と読む。志貴(すき)は農機具の鋤(すき)を表し、農業の神とされている。
古事記では迦毛之大御神(かものおおみかみ)と称している。
古事記ではじめから大御神の称号が与えられた神はこの迦毛之大御神と天照大御神の二神のみ。
皇祖神と並ぶほどの扱いを受ける賀茂氏の氏神。当時の賀茂氏あるいは葛城氏の勢力がいかに強大であったかが伺えるというものだ。
本殿には主祭神の他に3柱の神が祀られている。
事代主命
鴨都波神社の主祭神で、こちらも賀茂氏の氏神とされ、田の神として祀られている。
記紀には出雲の神として登場。国譲り神話では大国主命に代わって意思決定を行うなど、実質的な国津神の王としての振舞いで描かれている。
阿治須岐速雄命
阿遅志貴高日子根命の御子と思われる。文献には登場しない神である。
下照姫命・天稚彦命
記紀によると、この二柱の神は夫婦である。
下照姫命は大国主命の御子であり国津神、主祭神の阿遅志貴高日子根命の妹である。
天稚彦命は大国主命に対して国譲りを説得するべく、高天原から派遣された天津神である。
阿遅志貴高日子根命・下照姫命・天稚彦命の関係
葦原中国平定の神話に以下の物語がある。すこし長くなる。ご存じの方はすっ飛ばして頂きたい。
天稚彦命は大国主命に対して国譲りを説得するべく、高天原から派遣された。
ところが下照姫命と結婚して大国主命の後継者になろうと企んで役割を果たさなかった。
そしてあろうことか、高天原の高皇霊産神が様子を見にやらせた雉を矢で射殺してしまった。
その血の付いた矢は、高天原の高高産霊神まで届いた。
高皇霊産神が「天稚彦が悪い心でこの矢を使ったなら、この矢に当たれ!」と言挙げを行ってその矢を投げ返したところ、その矢は天稚彦命を射貫き殺した。
下照姫命は夫の死を悲しんで泣いた。その泣き声を聞いた天稚彦の両親神がやってきて葬式の準備を行う。
下照姫命の兄が弔問に訪れた。その兄は天稚彦と瓜二つだった。
天稚彦の両親はその兄の足にすがって「私たちの息子は生きていた!」と叫んだものだから、兄は「私と穢らわしい死人と間違えるな!」と怒って、喪屋を蹴り倒した。
下照姫命は、兄の名は阿遅志貴高日子根命であることを明かす和歌を詠う。(その和歌は省略)
天稚彦命と阿遅志貴高日子根命が瓜二つということから同一神と考えたとき、
天稚彦命が死んだあとに阿遅志貴高日子根命が登場するという構成になっていることから、
この説話は「穀物が秋に枯れて春に再生する、または太陽が冬に力が弱まり春に復活する様子を表したものである」とする説がある。
高鴨神社の創建
創建年代は定かではない。社伝によると弥生時代中期と伝わる。紀元前200年~紀元100年頃になろうか。であれば、とんでもない古社である。
(むろん社殿などは無かっただろうが)
ちなみに、同じ頃に金剛山の扇状地に進出した一派が創建した神社が「葛木御歳神社」で中鴨社、本家?の高鴨神社は上鴨社と呼ばれる。
高鴨神社のご利益・神格
神社の由来書より、、、
- 甦りの神
- 元気の神
- 病気平癒
- 厄祓い
- 人の歩む道を目覚めさせてくださる神様
高鴨神社 参拝記録
高鴨神社へは車が便利である。というか車でないとしんどいのである。
葛木御歳神社から車で約15分。
駐車場は、鳥居の左手にある歴史文化館の駐車場に止めることができる。満車の場合は、鳥居を通り過ぎて境内に沿って東に進むとすぐ左手に臨時駐車場の張り紙が見えるだろう。
万一、そこも満車の場合は路駐するしかない。コインパ―キングなどは無い。
社頭の様子
晩秋の訪問とうことで、紅葉が美しい。一眼レフと三脚を持って参拝する人たちも多い。
高鴨神社の鳥居は朱色でどっしりとした安定感のある鳥居である。両脇に座る狛犬の風情が歴史を感じさせる。
私も少しカメラマン気どりで撮影してみた。スマホで。雨上がりで少し光る石段に赤や黄色の紅葉の葉。なかなかだ。
祓戸神社
鳥居をくぐるとすぐ左に祓戸社がある。
祭神は、大直日神・神直日神・伊豆能売神・底津綿津見神。祓戸社に祀られる神々としては、あまり見かけない構成だ。
いずれにしても、知らず知らずのうちに犯した罪や、身に付いた穢れを祓って頂ける神々である。
ますは、祓戸神社で祓い・手水舎で禊ぐ。それから本殿へと向かうのが、正しい参拝方法である。
水盤の下、すなわち足元に、水撥ねを防ぐためであろう木の枝が敷かれてあった。こういう心遣いが嬉しい。
さあ、手口を漱ごうではないか。
手水舎の後ろに、池に張り出した舞台がある。そこから池と紅葉越しに拝殿を見る。
楠木正成公
楠木正成公の本拠地である千早赤坂は、そぐ横に聳える金剛山を越えた大阪側だ。正成公は足繁くこの高鴨神社を参拝したらしい。
高鴨神社の拝殿
現在、改築中である。ほぼ形は出来上がっている様子だが、白木の状態。細部の彩色や彫刻や飾りつけなどはまだ行われていない。
本殿は拝殿の奥に、さらに一段の高見に鎮座しているため、見ることができない。
気の噴出スポット
と、ここまでが本殿参拝なのだが、この内参道の途中で気になる地点があった。
それは、鳥居をくぐって正成公通り過ぎたあたりか。参道の下を小川が流れている地点。ここが気になる。というか気があるというか。川からキレッキレの気が噴出しているように感じた。
撮影し忘れた。何をしにいっていることやら。申し訳ない。
東側の境内社
高鴨神社には数多くの境内社がある。そしてこれらは本殿の東と西に分けることができ、東エリアには東宮を中心として、西エリアは祠を辿っていくと最深部に西宮が鎮座するという配置になっている。
本殿に向かって右手に進む。
市杵嶋姫命神社
宗像三女神のひとり市杵嶋姫命を祀る。
東宮(東神社)
本殿東側の境内社の中心的存在で、県指定の重要文化財である東宮。
祭神は、天照大御神・天児屋根命・住吉大神である。
天児屋根命は、中臣氏(藤原氏)の祖神として春日大社等に祀られる。藤原氏の台頭によって天児屋根命の地位も上がていった感がある。
ちなみに、高鴨神社の宮司を代々努める鈴鹿氏は中臣氏の流れをくむという。
住吉大神は、底筒之男命・中筒之男命・表筒之男命の三柱の総称。そこに神功皇后がふくまれる場合もある。伊邪那岐命の身禊であらわれた海の神だ。
佐味護国神社
西南戦争以降太平洋戦争に至る戦において、国のために命を捧げたこの地域の戦没者を祀っている。
佐味とはこのあたりの地名。
小祠群
佐味護国神社の左にズラっと並ぶ小さな祠。明治に入って施行された「一村一社制」の産物だろうか。
手前から、
大山咋神社
大山咋神は山の神。日吉大社・松尾大社の主祭神だ。大山咋神の父で農耕の神である大歳大神も祀られていると伝わる。
春日神社
建御雷之男神を祀る神社。鹿島神宮の主祭神で藤原氏の氏神で軍神・武道の神。
大黒石
何かわからない。黒い丸い石が置かれているのみ。
雷神社
火雷神を祀る。雷神、水の神、雨乞い、稲作の守護神。上賀茂神社の祭神「賀茂別雷神」の父と噂される神。
細井神社
水波能賣命を祀る。水の神。特に農業用水や井戸の神としての神格を持つ。
西佐味神社
高木大神、高龗大神、闇龗神、十二將軍大神を祀っている。
西側の境内社
本殿に向かって左手に池沿いに進む道がある。道の途中に小祠が点在し、その祠を辿ると西宮に到着するという設計だ。
全てが、小祠。跪かないと参拝出来ない。
八幡神社
誉田別命を祀る。15代応神天皇である。子孫繁栄・家運隆盛・文武両道などのご利益か。
一言主神社
事代主命を祀るとしている。一言主神と事代主神は同一という見解だ。一言の願いであれば何でも叶えてくれるという。
猿田彦神社
猿田彦命を祀る。ご利益は、導きの神・道開きの神。
私は、自分が選んだ道が正しい道でなければ修正して頂ける神と考えている。
たとえば、ある学校を受験した。しかし不合格だった。そして別の学校に進学することとなった・・・といった場合、どう考えるか。
不合格だったのは、私にとっては進学するべき学校ではなかったのだ。他に正しい道があったのだ。だから別の学校に導かれたのだ。
と考えると、前向きに生きることができる。と思わない?
導きの神とは、そういう概念で捉えておきたいと思っている。
聖神社
大物主命を祀る。三輪山に鎮まる神だ。その子孫が三輪氏であり賀茂氏であるという。
大物主とは役職名であるとする説がある。とすると、さしずめ総理大臣だろうか。あるいは将軍だろうか。
稲荷大明神
聖神社と金毘羅神社の間に、朱色の鳥居が立ち並ぶ坂道が見える。これを登ると稲荷大明神が鎮座する。
祭神は宇迦之御魂神。食物の神・五穀豊穣の神にして転じて商売繁盛の神とされる。
なぜか、ここだけ撮影を忘れてしまった。神域で起こる事象は偶然ではなく必然だと聞いたことがある。となると、撮影してはいけない場所だったのかも。。。
金毘羅神社
大己貴命を祀る。
讃岐国の金刀比羅宮の祭神は大物主神である。しかしこちらには聖神社があり、大物主命はそちらに祀られている。
大国主命(大己貴命)の和魂が大物主命とするなら、金刀比羅宮に大己貴命を祀っていてもおかしくはないが、なぜか違和感を感じる。
八坂神社
素盞鳴命を祀っている。疫病除け・厄除けだろうか。
牛瀧神社
豊岡姫命を祀る。豊岡姫命とは豊受大神の別名らしい。
豊受大神と言えば、伊勢の神宮外宮の正宮に祀られる食物を司る神だ。
西宮(西神社)
西側境内社の中心的存在。
主祭神は、多紀理毘売命(たぎりひめ)。配神に、天御勝姫命(あめのみかぢひめ)・塩冶彦命(やむやひこ)・瀧津彦命を祀る。
- 多紀理毘売命・・・宗像三女神のひとり。阿遅志貴高日子根命の母神とされる。
- 天御勝姫命・・・阿遅志貴高日子根命の后。
- 塩冶彦命・・・阿遅志貴高日子根命の御子。
- 瀧津彦命・・・同じく、阿遅志貴高日子根命の御子。
これで、すべての摂末社をご紹介させていただいたと思う。
最後に
沢山の境内社があり長時間の滞在となったが、気が発生する神域のせいだろうか、「いつまででもここにいたい」そう思わせる神社だ。
5月のGWは日本さくら草、11月のSWは紅葉。夏は避暑に、冬は雪化粧。
1年通して楽しめる高鴨神社に足を運んでみてはいかだろうか。
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