宗像三女神| 多紀理毘売命・ 市寸島比売命・ 多岐都比売命

2017年11月8日

 


宗像三女神は、日本神話に登場する3柱の「海の女神」の総称である。

海の神といえば、伊邪那岐命と伊邪那美命神生みの段において家宅六神誕生の次に、海の神と明記された形で「大綿津見神」が登場する。この神が海の神としては最初に生まれた神。

次に、神生みの最終段階である、伊邪那岐命の「身禊」で生まれた3柱の綿津見神(少童三神・綿津見神)と3柱の筒之男命(住吉三神・住吉大神)も海の神。

そして、この宗像三女神と続く。

各部族がそれぞれに祀っていた海の神の伝承を、古事記というひとつの書物に放り込んだためか、権力の移行とともに名を変えて行ったのか、、、

ちなみに、最初の大綿津見神と、身禊の3柱の綿津見神は別神であるとされているが、同一との見方もある。

宗像三女神の亦の名

  • 道主(みちぬしのむち)

貴(むち)が神名に使われる神は、他に「大己貴神」=大国主命と「大日孁貴神」=天照大神しかいない。

宗像三女神はそれほど貴い神であるということに他ならない。

宗像三女神の三柱の神

古事記から、簡単にご紹介すると、、、

多紀理毘売命(たきりびめ)

亦の名を奥津島比売命(おきつしまひめ)。日本書紀では「田心姫」(たごりひめ)。

海の霧を表しているとも、「滾る」(たぎる)で、激しい流れを表しているとも。

市寸島比売命(いちきしまひめ)

亦の名を狭依毘売(さよりびめ)。日本書紀では「 市杵嶋姫」(いちきしまひめ)。

邇邇芸命の養育係とする説もあり、子供の守護神・子守の神として崇敬を集めていた。

後世、弁財天と習合したことで、もっぱら「芸能の神」「財福の神」として信仰されるケースが圧倒的になっている。

多岐都比売命(たぎつひめ)

日本書紀では「湍津姫」(たぎつひめ)。

こちらも、「滾る」(たぎる)で、水の激しい流れを表していると言われている。

宗像三神の系譜

古事記を参考に、宗像三神の系譜を記載しておく。

  • 父 ≫≫建速須佐之男命
  • (母 ≫≫ 天照大神)???

 

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宗像三女神が登場する神話

天照大神と建速須佐之男命の誓約によって誕生する。

誓約(うけい)

父であるイザナギの命から黄泉の国への追放を言い渡された建速須佐之男命(弟)は、姉の天照大神(姉)に別れの挨拶をするために高天原に上がっていった。

弟が高天原にやって来ると聞いた姉は「きっと良くない心でやってくるのだろう。私の国を奪い取りに来たに違いない。」と思い、武装して待ち構えた。

「何のために来たのか。」姉が弟に質問する。

弟は「私は穢い心で来たのではない。姉上に暇乞いに来たのです。」と答えた。

姉は「では、あなたの心の正しいことを証明してみせよ。」と言ったので、弟は「誓約を立てて子を生みましょう。」と答えた。

姉と弟は「天の安の川」を挟んで向かい合い、、、

姉は弟の佩いている長剣を三つに打ち折り、

天の真名井の水でいで噛みに噛んで吹き棄てた息の霧からあらわれた神の名は、、、

タギリヒメの命またの名はオキツシマ姫の命、

次にイチキシマヒメの命またの名はサヨリビメの命、

次にタギツヒメの命の三柱であった。

 

今度は、弟が姉の、、、

・・・天照大神が身に着けていた5つの珠から、五柱の男神がうまれた記述が続く・・・

姉が、「三柱の女神はあなたの持ち物から生まれたので、あなたの子。五柱の男神は私の持ち物から生まれたので私の子としよう。」と言った。

三女神の内、タギリヒメの命は、九州の宗像の「沖つ宮」で、次にイチキシマヒメの命は宗像の「中つ宮」で、次にタギツヒメの命は宗像の辺つ宮。

宗像君たちが大切に祀る神である。

古事記では、神が生まれたとき、その神がどんな氏族の祖となったかを記述しているのだが、

宗像三女神における宗像君(宗像氏)を子孫とは言わず、「大切に祀る神」という表現になっているところが興味深い。

ちなみに、、、

綿津見三神は、阿曇氏の祖神

住吉三神は、津守氏が奉祀する神

宗像三神は、宗像氏が奉祀する神

 

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宗像三女神は天照大神の荒御魂?

前述したように、宗像三女神は「道主貴」と呼ばれるように、

大陸から渡来する、あるいは大陸と交流する民に、さらには国民全体に道を示す、最高の道の神なのである。

とにかく非常に貴い神という位置づけなのである。

 

いま宗像大社は、裏伊勢と言われている。

理由は諸説あるようだが、、、

  • タギツヒメ命はその水の激しい流れから瀬織津姫と同一ともいわれ、
  • 弁財天と習合したイチキシマヒメ命、同じく弁財天と習合した瀬織津姫命、
  • いやいや、瀬織津姫命が宗像三神に分解されたのだ、とも言われていいる。

そして、この瀬織津姫命というのが、、、

 

神宮内宮の正宮の裏手に「荒祭宮」がある。その祭神は「天照坐皇大御神荒御魂」。そして、いくつかの古文献は「天照坐皇大御神荒御魂」の別名を「瀬織津姫」であると指摘する。

「ホツマツタエ」によると「瀬織津姫」は天照大神の妃であり、時には天照大神の代役を果たした女神とある。

伊雑宮に伝わる文書にも、同じく「瀬織津姫神天照大神分身在河」とある。

 

しかしこれでは天照大神は男神となってしまう。よって、、、

天照大神を女神としておきたい時の権力者は、瀬織津姫を様々な神名に変更して、記紀から抹消してしまったという説なのだ。

その様々な神名の一つが、宗像三女神。すなわち、、、

「天照大神の荒御魂=天照大神の妻=瀬織津姫=タギツヒメ命もしくはイチキシマヒメ命もしくは宗像三女神」

 

真実はいかに。。。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました!