杭全神社|末社の「恵比寿社」の圧が凄い!”リラックスパワー全開!”の神社です! 

2016年3月13日

杭全神社は、大阪市の東南に位置する平野区にある神社である。

平野区は大阪市ではあるが、その中心部の平野郷は太平洋戦争での空襲を免れた地域で、名所旧跡や昔ながらの街並みが今も残る落ち着いた町。

本殿の3社はすべて国の重要文化財に指定されている。覗き込むしかないがじっくりと鑑賞して頂きたいと思う。

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杭全神社について

杭全神社 概要

  • 所在地   大阪府大阪市平野区平野宮町2-1-67
  • 電話番号   06-6791-0208
  • 主祭神   須佐之男尊、伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊
  • 創建年   862年
  • 社格    旧府社
  • ご利益   癒し、家出、人探し、子育て、病気平癒、金運
  • 公式HP  http://www.kumata.jp

杭全神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • JR大和路線「平野駅」15分

駐車場

  • あり(無料)

杭全神社の創建

社伝によると、

平野郷を所領としていた坂上当道さかのうえのまさみちに「牛頭天王ごずてんのう」の神託が降り、平安初期(862年)に牛頭天王を勧請して祇園社を創建したのが、今の杭全神社の始まり

と伝わる。ということは、元々は素戔嗚尊を祀る第一本殿だけだったということだ。

ちなみに、この平野郷は初代の征夷大将軍として日本史の教科書に登場する坂上田村麿さかのうえのたむらまろの子であるところの坂上広野麿さかのうえのひろのまろが荘園として賜り開発した土地だそうだ。平野の地名は広野が訛って平野になったという説もある。その広野麻呂の子が杭全神社の創建者の当道である。

杭全神社の祭神

祭神は、次の通り。創建時と比べると祭神が増えているが、これは後述しよう。

  • 第一殿に須佐之男命
  • 第二殿に伊弉冉尊・速玉男命・事解男命
  • 第三殿に伊弉諾尊

須佐之男命(すさのおのみこと)

伊弉諾尊が禊を行った際に、鼻から生まれた神。天照大神・月読尊とともに「三貴子」と称される尊い神だったが、伊弉諾尊から海原を統治するよう命じられても、母が恋しいと泣きじゃくるばかりで統治しようとしなかった。なので伊弉諾尊は怒って根の国に追放してしまう。高天原から追放された、荒ぶる神「須佐之男命」は、朝鮮半島に渡るが「この地は自分が望む土地ではない」と、日本に帰還して出雲に降臨。八岐大蛇退治はその後のこと。出雲国に住み、国津神の大親分的な存在となる。

というのが、記紀における須佐之男命。

中世には、仏教由来で祇園精舎の守護神である「牛頭天王」と習合。疫病除けの神として、全国各地の村々に祀られることとなる。

伊弉冉尊(いざなみのみこと)

神代七代の七代目。伊弉諾尊いざなぎのみこととともに夫婦神として現れた女神。伊弉諾尊と交ぐわいで、国土を生み、海の神、山の神、風の神などなど多くの神を生んだ。実に子だくさんなのである。

最後に火の神を生んで、陰部に火傷を負う。これがもとで死んでしまい、黄泉の国に隠れた。

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

前述の伊弉冉尊いざなみのみことの兄であり夫。

黄泉の国に隠れた妻を引き戻しに、自ら黄泉の国に赴くが、変わり果てた妻の穢らわしい姿を見てしまい、怖くなって逃げ帰る。その穢れを祓うために、海(もしくは川)で「禊」を行う。この時に、住吉三神・綿津見三神・祓戸の神々、そして「三貴子」など重要な神々が生まれたのである。

速玉男命(はやたまのおのみこと)

黄泉の国で、夫婦神が縁を切るときに、伊弉諾尊が吐いた唾から生まれた神。古代、唾を吐く行為は誓約するという意味を持ったと言われる。

事解男命(ことさかのおのみこと)

唾を吐いたあと、穢れを掃きはらったときに生まれたのが事解男命。

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杭全神社 参拝記録

国道25号線沿いに一の鳥居がある。

交通量の多い道路に面しており、周囲はマンションや住宅地で山や川が近くにあるわけでもない、ということから、鳥居付近からは神域感はない。

参道の様子

宇賀社

道路沿いの鳥居をくぐって車を走らせると、左側に池に浮かぶ社が見えてくる。

赤い鳥居と赤い社、池には亀。

これが宇賀社。池の名前は弁天池。祭神は「宇賀神」という。

宇賀神

頭が人・体が蛇の神で、宇迦御魂之神に由来する神とされる説がある。仏教の弁財天と習合あるいは合体した。頭に宇賀伸を乗せた弁財天像は宇賀弁財天と呼ばれる。

杭全神社の神田

弁天池の左手に、神田がある。参拝当日はちょうど「抜穂祭」の日だったようで、氏子さんたちによる稲刈りが行われていた。なかなか運がいい。

天満宮拝所

これは、2012年に新しく設けられた「天満宮」を遥拝する場所。その遥拝するべき天満宮はどこにあるのか。

杭全神社本殿横にあるらしい。中門の内側にあるため、通常は参拝が出来ないのだそう。そのための遥拝所らしい。

締め柱

この締め柱をくぐると、いよいよ神域である。

こちらの境内には、まろやかな空気が漂っている。まろやかとは、まとわりつくような感じ。

ご神木:楠木

樹齢1000年の楠木のご神木。くすのき社が祀られている。近寄ると圧倒的な存在感に驚くだろう。

大門

これが大門。お寺の山門風なところは神仏習合の名残だろう。

拝殿

立派な拝殿である。

二拝二拍手一拝。天津祝詞奏上。爽やかな風が後ろから吹いてくる。神社で起こる現象はすべて必然なのである。

拝殿の奥に本殿が見える。

赤い色彩が鮮やかで、枚岡神社のような本殿があるのだろうか?と思い、拝殿の左手から覗こうと回り込むと。

拝殿の裏に出た。そして本殿の中門の前に立つことが出来る。朱色の本殿?と思ったものは中門だった。

本殿

さて、この三つの中門の奥に国の重要文化財である本殿が三社並んでいるわけだ。そして天満宮も。

写真でいうと、左奥から、

  • 第一本殿・・・最初に勧請された。当時は「祇園社」と称し、牛頭天王を祀っていた。
  • 第二本殿・・・最後に勧請された。熊野三所権現(伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊)
  • 第三本殿・・・二番目に勧請された。熊野證誠権現(伊弉諾尊)

勧請された順番が、第一本殿 → 第三本殿 → 第二本殿となっている。

最後に「熊野三所権現」が勧請されたとき、御醍醐天皇の直筆きの神額を賜り「熊野三所権現」を「総社」と定めたため、「熊野三所権現」は最期に勧請されたにもかかわらず上位となり中央に鎮座しているのだ。

三つの本殿にそれぞれ、二拝二拍手一拝&天津祝詞奏上。またまた爽やかな、いい風が吹いてくる。この杭全神社では、天津祝詞を奏上すると、必ず風が吹く。ザワザワと木々の葉が音を立てて。

境内社

吉岡稲荷大明神

さて、境内の左の一番奥まったところに、吉岡稲荷大明神がある。ご覧の通り稲荷社だ。

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稲荷社によくある、赤い鳥居が何基も並んだ風景は、ここにはない。朱の鳥居はないが、丁寧に祀られている様が見て取れる。とても安心感のある稲荷社である。

祭神は宇迦之御魂神。食物を司る神で、かつては五穀豊穣を祈った。今は商売繁盛の神として信仰される。

私はいつも稲荷社に立つと心がざわつく。そういう意味で、こちらの稲荷社は安心感があると感じたということは、言い換えると、ここは本当は稲荷社ではないのではいか?と思うのである。

源光社

吉岡稲荷大明神の後ろに隠れるようにして、石碑のような石板のようなものをお祀りする場所があった。

石碑には「源光大神」と書かれてある。お塚信仰だろうか。吉岡稲荷大明神が、この源光大神を守っているように感じる。

さて、この稲荷社と源光社は、先ほどまでの、まろやかな空気ではない。手を合わせるも、石碑が低い。思わず膝まづく。膝まづくとシックリくる。

ここはなんだろうか。

来ました!パワースポット恵比寿社!

田村麿や広野麿をはじめとする坂上氏の御魂を祀る「田村社」の隣に「恵比寿社」がある。

賽銭箱横から中に入ってみたところ、、、

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ここが、杭全神社のパワーの源だと感じる。「まろやかさ」の根源だろう。凄く濃厚な、重たさのある「気」が社の奥からグワっと押し寄せてくる。

これが境内全体に行き渡って薄まって、まろやかになっているように思う。

他にも、八王子社、皇大神宮、鎮守社、十柱社、田村社など、多くの境内社を持ち、さらには境外に前述の宇賀社の他にも赤留比売神社などを持つ。

私はあまり興味がないので取り上げなかったが、全国唯一残っている連歌所が売りのようだ。

そんな、平野の大社であった。

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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