氷川神社|赤坂|東京十社|厄除け・縁結び・商売繁盛。これ以外になにが必要というのか!

2017年4月1日

赤坂氷川神社は、東京都港区赤坂6丁目、赤坂から六本木に向かう坂の途中、急な崖の上に鎮座する。

麻布氷川神社、渋谷氷川神社、簸川神社などとともに江戸七氷川の一つで、その筆頭とされる霊験あらたかな古社である。

旧社格は府社だが、明治維新直後は准勅祭社に指定された東京の有力神社の一つである。現在は。東京十社の一つでに数えられている。

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赤坂氷川神社について

赤坂氷川神社 概要

  • 所在地   〒107-0052 東京都港区赤坂6丁目10−12
  • 電話番号  03-3583-1935
  • 主祭神  素盞嗚尊・奇稲田姫命・大己貴命
  • 創建   天暦5年(951年)
  • 社格   府社・准勅祭社・東京十社
  • 公式HP    https://www.akasakahikawa.or.jp/

赤坂氷川神社 アクセス

MAP

最寄り駅

  • 地下鉄「赤坂」「溜池山王」「六本木」「六本木一丁目」徒歩10分程度

駐車場

  • あり(無料)境内乗り入れ

赤坂氷川神社の創建

天暦5年(951年)、近江の僧侶「蓮林僧正」東国修行の途中、ここ(現:赤坂四丁目)で一夜を過ごすことにした。

その夜、夢に一人の翁が現れて曰く「この土深くに埋もれている。掘り出して欲しい。そうすればこの土地の守護神となるぞよ」

朝起きてあたりを見回すと、金色の光を放つ場所がある。そこを掘ると、なんと十一面観音が出てきたではないか。

そこに社を建立し仏像を安置。一木村観音として祀られた。

赤坂氷川神社HPより

これは、この場所が聖なる場所の由縁である。

大宮氷川神社から勧請された時期は定かではないが、観音創建からそう遠くはないと思う。

時は流れ江戸時代。享保15年(1730年)、江戸幕府第8代将軍徳川吉宗の命によって、現在地に遷座された。現在の社殿はこの時に造営されたもので、東京都の有形文化財に指定されている。

赤坂氷川神社の祭神

祭神は、素盞嗚尊・奇稲田姫命・大己貴命

素盞嗚尊(すさのおのみこと)

皆さんご存知の天照大神の弟である。神話では何かと悪行を働いたとかで高天原を追放され地上に降り立った神とされている。

最も有名な神話は、ヤマタノオロチであろう。

ヤマタノオロチという大蛇に生贄として捧げられそうになった娘を助けるため、素戔嗚尊が奮闘し、見事に退治する。

その尻尾からは「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」が出来てきたという。

奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)

素戔嗚尊の正妻である。

素戔嗚尊の妃となると決まると櫛に変えられ、素戔嗚尊の髪に挿し込まれ共にヤマタノオロチと戦った。

その後、出雲に行き須賀の宮殿で、素戔嗚尊と暮らすことになる。

大己貴命 (おおなむぢのみこと)

素戔嗚尊の子とも6世孫とも言われる。大国主命の青年時代の呼び名である。氷川神社では、子として祀られていると思われる。

赤坂氷川神社のご利益

厄除け

勇猛果敢で優しい素戔嗚尊のご神徳である。

縁結び、家内安全

素戔嗚尊と奇稲田姫命が結ばれたことによるご神徳である。

商売繁盛

大己貴命すなわち大国主命のご神徳である。

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赤坂氷川神社 参拝記録

赤坂のTBS近くでの商談を終え、六本木方面へと坂を昇ること10分。こんもりと鎮守の森が見えてくる。氷川神社だ。

スマホを機種変してから、指が写り込んでしまう。申し訳ない。

御神木

鳥居をくぐると参道沿い右に御神木がそびえる。添え木がしてあり、かなりの古木とみた。

大イチョウ

さらに、右手奥に大イチョウがそびえる。

港区で2番目に古いイチョウらしい。微妙な自慢である。

しかし、ここは、東京のど真ん中である。奈良や京都の山奥ではないのだ。地震や火災、空襲もあっただろう。そんな中で400年以上もそこに存在し続けてきたことは奇跡なのかもしれない。そう考えると、愛おしくなってくるではないか。

奇跡を起こすパワースポットと呼ばせていただこう。

拝殿

朱塗りの拝殿である。朱色はかつては丹生=水銀であった。防腐効果があるのだ。

二礼二拍手一礼。心の中で、天津祝詞を奏上した。体が揺さぶられる感覚がある。久しぶりの感覚だ。脳みそが肥大する感覚はない。血圧の上昇も感じない。

よって、軽い浄化のパワーがあると思われる。

本殿を見ようと思い拝殿のい横に回り込んだ時、目に飛び込んできたのが、この回廊の床の輝きである。

ピカピカである。もしこの上をスカートで歩いたら。。。などと、バカなことは考えないのである。

神職さんの仕事は掃除に始まり掃除に終わると聞いたことがある。全く持って、頭の下がる思いだ。

本殿

これは、先ほどの回廊の反対側で、社務所から拝殿へとつながる渡り廊下越しに本殿と幣殿を横から撮影したものだ。本殿はともかく幣殿の黒い引戸の輝きをご覧いただきたい。こちらの側面もピカピカである。

境内社

九神社

こちらは、一鳥居から本殿までの内参道に鎮座している境内社。

天祖神社・春日神社・鹿嶋神社・八幡神社・諏訪神社・秋葉神社・厳島神社・金刀比羅神社・塞神社を合祀した社である。

稲荷社

こちらの2社は、本殿の左手に鎮座している。

地元のおじさんが、この2社のみに参拝して帰っていった。

崖下エリア

この氷川神社は崖の上に鎮座していると前述したのだが、その崖下にも稲荷社が鎮座するようだ。

四合稲荷神社

崖の下に鎮座する稲荷社で、4つの稲荷社を合祀したもの。よって四合稲荷。これを「しあわせいなり」と読む。なかなか洒落ているではないか。

実は、この「しあわせいなり」の命名は勝海舟とのこと。そういえばこの近辺に勝海舟が晩年に過ごした宅があると記憶する。

この他にも稲荷社が1社と崖の斜面をくりぬいた洞窟に何かを祀っているようであるが、ちょっと近づきにくい雰囲気があった。

それは、四合稲荷神社の向かい側にある太鼓橋の向こう側にも言える。

この橋は渡らない方が良いような気がした。

そんな気がしたのだが、渡ってしまった。案の定、体が重たくなる。よろしくない現象だと思ったので、祭神には誠に申し訳なかったのだが、再度、本殿に向かい、天津祝詞を奏上し事なきを得た。

気のせいと言われればそれまでなのだが、神社にもいい場所と悪い場所があるような気がする。

そういう場所には近づかない方がいいのである。

東京十社

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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