水天宮|日本橋|天之御中主大神を祀る水天宮は生命を繋ぐ神である!

2016年10月14日

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ここは東京、日本橋蛎殻町。大手町から地下鉄半蔵門線で一駅という超都心に鎮座する神社である。その名も「水天宮」

となり町は人形町。となり町と言っても歩いて5分もかからない。水天宮と人形町はセットのようなものである。人形町には明治座甘酒横丁などの名所があるので、水天宮に訪れた際は是非足を延ばしていただきたい。

そうそう。人形町には「玉ひで」という軍鶏鍋や親子丼の旨い老舗の鶏料理店や、「今半」というすき焼きの旨い老舗の牛肉料理店、甘酒横丁には甘味処と、グルメも納得、江戸の中心地に隣接した下町風情が楽しめるのである。

そして人形町のさらにとなりの小網町には、厄払い・銭洗いで有名な「小網神社」がある。

なかなか、東京にしては、いい街である。あっ、失礼!

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水天宮について

水天宮の創建

ここ日本橋水天宮の創建は新しく明治4年である。

そもそもはというと鎌倉末期のこと、摂津有馬家が嘉吉の乱の後に有間の地(現在の神戸市北区有馬)に落ち延びてきたことからはじまる。

永らくひっそりと隠匿生活を送っていた有馬一族だったが、後年、有馬温泉を愛した太閤豊臣秀吉によって見いだされ中央に戻ることになった。

その時、天之御中主を主祭神とする有間神社の神紋「三つ巴」を家紋として頂いたという。

さらに後年、江戸時代のこと。有馬家は久留米藩を拝領するのだが、当地にあった「尼御前大明神」に対して広大な土地を寄進して社殿を造営。

これが神社「水天宮」の始まりで、久留米の水天宮が全国の水天宮の総本社なのである。

有馬家は代々に渡って「水天宮」を崇敬するのだが、参勤交代で江戸に滞在中も詣でたいということから分霊し、江戸の上屋敷内に勧請したという。

これが、上屋敷から中屋敷と遷宮され、明治維新後の明治4年に、現在地に遷宮された。

これが、有馬家から見た水天宮の創建である。

水天宮の「もうひとつ」の創建

水天宮から見た創建はというと、、、

平安末期。平氏政権の終焉を決定的にした壇ノ浦合戦を生き延びた、平家の女官であった「伊勢さん」が「安徳天皇」をはじめ平家一門を弔うために祠を建てたことに始まる。

この「伊勢さん」、剃髪して尼となり、村々で加持祈祷を行い喜ばれたので「尼御前大明神」と尊称されるようになった。

ここから先は、前述の通りである。

水天宮の祭神

久留米、東京とも同じ祭神である。天之御中主大神、安徳天皇、建礼門院、二位の尼。

天之御中主大神

記紀によると、造化三神の中心の神で、現れてすぐに隠れ、それ以降は登場しない神とされている。一説には、宇宙神、北辰(北極星)ともされている。いずれにしても全ての中心に存在する神と言えよう。

安徳天皇

題81代天皇。壇ノ浦の合戦で、進退窮まり入水崩御された天皇である。御歳まだ数えの8歳であったという。入水する際に三種の神器の内の草薙神剣も失われたと言われている。しかし、それはイミテーションだったという説もある。ややこしいのである。

建礼門院

安徳天皇の母。平清盛と二位の尼の娘である。高倉天皇との間に安徳天皇をもうけた。壇ノ浦の合戦では生き延び京に送られて平氏一門を弔ったという。

二位の尼

平清盛の正室。建礼門院の母であるから、安徳天皇の祖母となる。従二位を与えられたため、「二位の尼」と呼ばれた。安徳天皇とともに入水自殺でこの世を去った。

さて、天之御中主大神が主祭神となった経緯は?ここから有馬家がかかわってくるんだろうと思うが、よくわからない。

水天宮のご利益

これは、有名だ。子宝、安産、子育て。女性と子供の守護神である。

ひとえに、天之御中主大神のご神徳である。

「天之御中主大神」は、前述の通り造化三神の中心にあられる。その後、二柱の大神であられる「高皇産霊神」と「神皇産霊神」がなられる。この三柱の神々が全ての物や命の「生みの親」で「育ての親」

そう。生みの親で育ての親なのである。

この世に生まれて、成長して、男女交わって、子供を生んで、育て上げて、この世を去る

この一連のサイクルをつないでいくことの難しさは、科学・医療の発達した現代であっても難しいものである。

いわんや、太古の昔。赤ちゃんが1歳の誕生日を迎えることができた喜びたるや、であろう。

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水天宮 参拝記録

東京メトロ半蔵門線の水天宮前駅を下車し地上に上がると交差点にドーンと見えるこの背中

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日本橋水天宮である。本殿の背中が丸見えである。さすがは東京。シュールな光景だ。

横断歩道をわたると、さらに驚く。

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なんと本殿の真下には交番が設置されているのだ。まさに現実を越えた現実だ。

本殿がこの位置にあるとなると、ちょうど反対側が正門になろう。回り込む。

これが、正門である。

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ビルにポッカリと開いた大きな口。これが参道の階段である。左右に鎮守の森はない。シュールである。

さあ、この階段を上がろうではないか。

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上がり切ったところに狛犬がお出迎えなのだが、壁に近すぎて通り過ぎてからでないと見えないのである。毬を押さえ込む大胸筋が隆々である。サッカー選手とくにキーパーにいいんじゃないかな。

鳥居

鳥居もちゃんと設置されてる。少し離れて撮影する。

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ここまで来た時に我に返ったのだが、ここはビルの2階で地面はコンクリートなのだが、神社なのである。ちゃんと神社の雰囲気いわゆる神域感があるという意味で。

外観からして、少しなめていたようだ。やはり神社というのはスゴイものである。

手水舎

襟を正して参拝しなければ。手水舎で清める。

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そうそう。こちらの社殿というか土台のビルそのものが、数年にわたって改修工事に入っていたため仮社殿を造営していたのだった。改修が終わってすべてが新築になっているのだ。

安産子育河童

手水舎の前に、カッパの親子像がある。

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この母さんカッパ、子カッパにお乳を飲ませている。右足にも子カッパがまとわりついている。ちょっと見えにくいが左肩にも子カッパがしがみついているのである。

子カッパがすごくかわいいのである。お皿にお水をかけて、安産と子育てを祈るのである。

ちなみに、カッパは水天宮の神の使だそうだ。

寳生辨財天(ほうしょうべんざいてん)

カッパの親子の横には、朱色の社が鮮やかな「寳生辨財天」が鎮座する。

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素晴らしく美しい祭神は弁財天と習合した「市杵島姫神」である。有馬家の屋敷には水天宮とともに「弁財天」も祀られていたのだ。

学業、芸能、財福のご利益が頂けるという。

この結び鈴緒が女性らしさを表現しているようで。カッコいい。

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さて、この「寳生辨財天」の裏側には、犬が鎮座している。

子宝いぬ

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こちらは、先のカッパとは違ってリアルな犬の親子である。

回りの十二支のうち自分の干支を撫でると安産、子授け、無事成長など様々なご利益があるといわれている。

妊娠5か月目の最初の戌の日に安産祈願をするとか、いやいや腹帯をまくのが戌の日だとか、いすれにしても犬と安産には関係性があるように思っていたが、犬はたくさんの子供を産む割にお産が軽いということで縁起を担いでいるとのこと。知らなかった。

ここで、私は重大なミスを犯したかもしれないのだ。

うっかり、自分の干支を撫でてしまったのである。どうしよう。また子供ができたら。。。

拝殿・本殿

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二拝二拍手一拝。

スーツ姿のサラリーマンが独り、水天宮で祈りを捧げる図は、どんな風に映るのだろうか。。。

しかし、さすがは新築である。なにもかもがキラキラしているではないか。唐破風の梁の彫刻が素晴らしい。

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最後に

パワーはというと、天之御中主大神と聞いて想像するパワーとは強力なものであると思うのだが、そのような気は感じられない。

なんというか、体の中があったかくなるような感じというか、なんというか、表現が難しいのである。

何も感じないのではないのだ。何も感じないような感じが感じられるのだ。ややこし。

まあ、一度、参拝してみてください。あっ、ずっと前から体の中にあるものを確認した感じ

いや、違うか。まあ、一度、参拝してみて頂きたい!

ありがとうございました。

水天宮 概要

  • 所在地   東京都中央区日本橋蛎殻町2丁目4−1
  • 電話番号  03-3666-7195
  • 主祭神  天御中主大神・安徳天皇・建礼門院・二位の尼
  • 創建年   1818年(文政元年)
  • 社格   なし
  • 公式HP   http://www.suitengu.or.jp/

水天宮 アクセス

MAP

〒103-0014 東京都中央区日本橋蛎殻町2丁目4−1

最寄り駅

  • 東京メトロ半蔵門線「水天宮前駅」徒歩1分
  • 東京メトロ日比谷線「人形町駅」徒歩6分
  • 都営地下鉄浅草線「人形町駅」徒歩8分

駐車場

  • なし