八尾天満宮・八尾戎神社!境内の神武天皇遥拝所がズンズン感じるスポットだ!

2017年5月21日

八尾天満宮は、八尾市本町に鎮座する神社である。

近鉄八尾駅の北口あたりから始まるアーケード「ファミリーロード商店街」の突き当たりに、その一の鳥居が待ち構えている。

この「ファミリーロード」の途中に、河内音頭の発祥の地とされる「常光寺」、突き当たりの八尾天満宮の隣は「大信寺」と、有名な寺院が点在する。というのも、ここ八尾市本町は「大信寺」を中心とする寺内町であったからだ。

この八尾寺内町は、旧大和川(現:長瀬川)を挟んで久宝寺寺内町に隣接する。これは、石山本願寺と織田信長との講和に関して、本願寺内で講和派と抗戦派の対立が起こり東西に分裂したように、顕聖寺を中心とした久宝寺寺内町でも講和と抗戦の対立が発生し、八尾寺内町が分離独立したという。

その八尾寺内町の鎮守として「八尾の天神さん」として親しまれてきたようだ。

物部氏ゆかりの古社が多い八尾市であるが、八尾天満宮は少し毛色が異なる。

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八尾天満宮について

八尾天満宮 概要

  • 所在地   大阪府八尾市本町4丁目2−45
  • 電話番号  072-922-3558
  • 主祭神  天穂日命・菅原道真公
  • 創建年      慶長年間
  • 社格   
  • 公式HP    http://www.yao-tenmangu.com/

八尾天満宮 アクセス

MAP

最寄り駅

  • 近鉄大阪線「近鉄八尾駅」徒歩8分

駐車場

  • あり(無料)

八尾天満宮の創建

社頭の案内によると慶長年間、豊臣秀吉の家臣で「賤ヶ岳七本槍」の一人に名を連ねる「片桐且元」の創建といわれているようだ。

慈願寺が久宝寺寺内町から川向かいに移転したのが1606年、大信寺が建立されたのが1607年、その後寺内町に発展していくわけだが、片桐且元が摂津・河内・和泉などの国奉行を任されたのが1605年頃からであるから、八尾寺内町の成立と同時期に創建されたとみていいのではないだろうか。

もしくは、寺社奉行に任じられていた時期であれば、天満宮の創建の方が少し早かったかもしれない。

八尾天満宮の祭神

八尾天満宮の祭神は、天穂日命と菅原道真公。菅原家は天穂日命の子孫とされる。

天穂日命

アマテラスとスサノオの誓約によって生まれた男神で、天忍穂耳命の弟神となる。

記紀によると、高天原から葦原中国平定のために大国主命の元に遣わされたが、大国主命を説得するうちに心服して地上に住み着き、3年間高天原に戻らなかった。

任務を遂行しなかった神という、なんとも不名誉な評価を受けているが、出雲国造の祖神とされる天穂日命を貶めたかった大和朝廷による、史実の改ざんが行われたのではないかとも言われている。

農業神、稲穂の神、養蚕の神、木綿の神、産業の神

菅原道真公

平安時代の貴族で政治家。実力で右大臣まで昇りつめた大秀才であり、それが学問の神様といわれる所以。しかし、ライバルの讒言によって福岡の大宰府に左遷。ほどなく死去した悲運の人である。

死の前にして拝天山に登り、自らの潔白を宣言した祭文を読み上げると、天満大自在天神」と尊号が書かれた祭文が下りてきたという。この時点で神となったのだろう。

その怨念は凄まじく「祟り神」となった。「日本三大怨霊」の一人とされているほどである。(他、崇徳天皇・平将門公)

後に、怨霊を鎮めるために北野天満宮が創建され、現在ではすっかり「学問の神様」として昇華されたとされる。

八尾天満宮の御利益

八尾天満宮の御利益は、下記の通りである。

  • 学問上達
  • 受験合格
  • 縁結び
  • 農業・養蚕守護
  • 国土開発
  • 産業振興
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八尾戎神社

八尾天満宮には、どちらが本殿かわからないぐらい存在感のある社殿がある。それが「八尾戎神社」だ。

八尾戎神社の創建

昭和33年の創建と非常に新しい神社なのであるが、その祭神は「安井道頓」が守護神として崇め、末裔の安田家で代々に渡り奉齋されてきた恵比寿大神を遷座されたものとか。

なかなかもって由緒正しき恵比寿様なのである。

八尾戎社のご利益

八尾の産業振興の守護神であり、金運向上・商売繁盛のご利益も期待できる。

一般的に戎神社では、1月10日に十日戎が開催されるのだが、こちらの八尾戎神社では八尾の「八」にちなんで「八日戎」が盛大に催され、多くの市民が「商売繁盛」「金運」の祈願を行う。

八尾天満宮・八尾戎神社 参拝記録

近鉄八尾駅の北改札を出る。線路ガード下の商店街を布施方向に歩くと、左手に「ファミリロード」というアーケード商店街の入口がある。

入口のセブンイレブンの隣に「ライラック」というオムライスの美味しい店がある。ここが目印だ。

アーケードの中には昔ながらの商店が立ち並ぶ。先ほどの「ライラック」の向かいにあるお肉屋さんのコロッケやメンチカツも美味しいと評判だ。

先に進もう。しばらく歩くと右手に「常光寺」がある。河内音頭の発祥の地らしい。境内は狭い。この境内に櫓を組んで音頭取りが新聞読みを謡う?ちょっと想像し難い。

さらに進む。

ドン付きが八尾天満宮である。

一の鳥居

薄暗いアーケードにポッカリと口を開けている、八尾天満宮の正面玄関である。細長い境内である。

内参道

かつては、ファミリーロード商店街が参道だったのだろうが、現在は鳥居から中門までが参道として整備されている。

この左手が大信寺の石垣である。

中門

この中門は、八尾寺内町の木戸門を移設したものと伝わる。

中門をくぐると、右側に末社が並んでいる。

三社相殿

春日大神、天照皇大神、八幡大神が合祀されている。

稲荷大神

琴平宮

大物主大神であろう。

二の鳥居である。この鳥居の正面は、八尾天満宮ではない。正面は八尾戎神社である。八尾天満宮は右側の社殿。石畳を直角に曲がって参拝する。

井戸があり、となりに水口と水盤がある。河内地方に多いスタイルだ。

掲げてある通り、手口のみならず「心も洗おう」ではないか。

まずは、八尾天満宮本殿に参拝しよう。

本殿エリアの様子

八尾天満宮 拝殿

右からの石畳が直角に曲がっている。左の石畳は「八尾戎神社」のために新しく敷設されたもの。

八尾戎神社 拝殿

天満宮の拝殿と倉ブルと、高さは低いが横幅が広い。したがって、少なからずこちらの方が立派に見える。

さて、二の鳥居をくぐってからずっと気になっていた場所がある。

神武天皇 遥拝所

何やらわからないが、ズンズン感じるのである。怖くはない。基本的に私はビビりである。ビビりの私が怖くないのだから、ご安心頂いて結構かと思うのだが、ここは何かを感じる場所だ。

神武天皇を遥拝しよう。

遥拝所の文字の「拝所」の左側の白い染みが、人の横向きの姿を形どっているようにも見えなくもないが、気にしないようにしよう。

神武天皇と言えば橿原神宮。実は、橿原神宮を参拝してから妙に気になる神社なのである。

仕事中、ふっと頭によぎる光景がある。それは決まって、橿原神宮の外拝殿前の大きな広場から見る畝傍山の光景なのである。その次に、神武天皇陵の参拝所前の光景が続くのだ。

意識して思い出すわけではない。勝手に頭に入り込んでくるかの如く、ふっと思い浮かべてしまうのだ。

これは、何か受け取るべきメッセージなのだろうか。。。などと、最近思うようになってきた。

とりとめのないレポートになってしまった。いつものことではあるが。

最後にもう一つ。

こちら「八尾天満宮」の宮司さんと、同じ八尾にある「渋川神社」の宮司さんは、兄弟らしい。

渋川神社の記事はコチラ!
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最後までお読み頂き、ありがとうございました!

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