古事記|天照大神と須佐之男命② 須佐之男命の悪行の数々

2019年5月31日

誓約の結果を一方的に決めつけて、自分の勝ちとした須佐之男命は、勝ちに乗じて様々な悪行を働く。

須佐之男命の悪行

須佐之男命は勝ちに乗じて、天照大御神が耕す田の畦を壊し、田に水を引く用水路を埋めてしまい、大嘗祭を行う神殿に屎をまき散らしました。

天照大御神はこれを咎めることなく言うには、

「屎のようなものは、酔って吐き散らしたものでしょう。溝を壊したのは、その土地がもったいないと思ったからでしょう。」

と、良いように言い換えましたが、弟の悪い態度はますます激しくなっていきました。

天照大御神の「悪いことを善いように言い換える」という手法は、現在でも「大坂」を「大阪」に、「するめ」を「あたりめ」に変換する手法などで見られる。「言霊信仰」というものだろう。

屎からゲロに?言い換えている?どっちも一緒だと私は思うが。。。当時の人々の常識では、ゲロのほうが美しいのだろう。

悪行はまだまだ続く。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)は神聖な機織り小屋で、神御衣を織らせていました。

そこへなんと、速須佐之男命がその小屋の屋根をぶち破って、逆に皮を剥いだ天の斑馬を放り込みました。

それを見た機織りをしていた女性が驚いて、機織りの「梭」(ひ)で陰部(ほと)を突いて死んでしまいました。

これを見た天照大御神は畏れて、天の石屋戸に閉じこもってしまいました。

古事記では、名も記されていない機織りの女性が「死ぬ」となっている。

一方、日本書紀ではこの機織りの女性は天照大御神自身として描かれており、一書の一では妹の稚日女尊(わかひるめのみこと)として描かれている。「死ぬ」ではなく「負傷」として。

ここで天照大御神を死なせるわけにはいかないということだろうが、一旦ここで天照大御神は死んだのやもしれぬ。(古代にモデルとなる人物がいたとして)

というのも、天照大御神は天の岩戸に隠れるからだ。「隠れる」という言葉は、「死ぬ」という意味で使うこともあるのだから。

石屋戸(いわやど)

我々のよく知る「岩戸隠れ」の「天の岩戸」のこと。

江戸時代、本居宣長は「石屋戸は岩窟などではない。石は堅いという意味であって、この天石屋戸は通常の御殿のことである。」と述べた。

しかし万葉集において、和歌山の美穂の石屋(岩窟)を見て詠んだ和歌では「石屋戸」と表現されているところを見ると、やはり岩窟であった可能性も捨てきれないのである。

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古事記

Posted by リョウ