古事記|禊(みそぎ)①|八十禍津日神・大禍津日神・神直毘神・大直毘神、穢れから生まれた神々

2019年5月29日

橘の小門の阿波岐原

黄泉の国から生還した伊邪那岐命。まずは、死者の国で穢れた体を洗い流すこととした。

まず伊邪那岐命は言いました。

「私はとても醜く穢れた国に行ってしまったことか。禊をして身を清めなければならぬ」

そう言うと、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に行き、禊をされました。

禊(みそぎ)とは、、、

海や川に入って身を清める儀式のことを言う。本来、神前に進む場合は、海や川で清めてからでなければならなかった。

伊勢の神宮の場合、本来はあの有名な夫婦岩がある二見ケ浦で身を清めてから、外宮、内宮へと進むのが正式な参拝方法とされている。

今は、五十鈴川の河原で手を漱ぐ=禊という考え方も採用されている。

そして、最も簡易な方法が「手水舎で手口を漱ぐ」という方法。

時代の流れの中で、ここまで簡略化されているのであるからして、せめて手水舎ぐらいはしっかりと使って頂きたいものである。

竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原とは、、、

ここがどこなのか?という点については、

歴史研究家によって様々な研究ななされてはいるものの、学術的には「不明」とされている。

宮崎県説、福岡県説、徳島県説。それぞれ、なるほどと思わせる研究結果ではあるが、決定打にはならない。

衣服から成った神々

ここから、禊の内容となる。

まずは、身につけていたものを脱ぎ捨てる過程で成った神が12柱。

長くなるので、興味のあるかたはコチラをタップしてください

12柱の神の生成

まず投げ捨てたから成った神の名は「衝立船戸神」(つきたつふなとのかみ)

次に投げ捨てたから成った神の名は「道之長乳歯神」(みちのながちはのかみ)

次に投げ捨てたから成った神の名は「時量師神」(ときはかしのかみ)

次に投げ捨てたから成った神の名は「和豆良比能宇斯能神」(わづらいのうしのかみ)

次に投げ捨てたから成った神の名は「道俣神」(みちまたのかみ)

次に投げ捨てたから成った神の名は「飽咋之宇斯能神」(あきぐいのうしのかみ)

次に投げ捨てた左手の腕輪から成った神の名は「奥疎神」(おきざかるのかみ)
「奥津那芸左毘古神」(おきつなぎさひこのかみ)
「奥津甲斐弁羅神」(おきつかいべらのかみ)

次に投げ捨てた右手の腕輪から成った神の名は「辺疎神」(へざかるのかみ)
「辺津那芸左毘古神」(へつなぎさひこのかみ)
「辺津甲斐弁羅神」(へつかいべらのかみ)

以上、船戸神から辺津甲斐弁羅神までの12柱の神は、身に着けていたものから成った神です。

1番目に「杖」から成った「衝立船戸神」は、日本書紀では「岐神」(ふなどのかみ)結界を司る神だ。

「ここからは、穢れは入っちゃダメですよ」と言う具合に、杖でバリアを張ったということだろう。

2番目から5番目は、すなわち「帯」「袋」「衣」「袴」から成った神々。

穢れは疫病の素。集落に疫病が発生するのは旅人が穢れを持ち込むから。その穢れは「帯」「袋」「衣」「袴」など旅人の持ち物に付着して集落に持ちこまれる。と考えられていたのであろう。

6番目に成った「飽咋之宇斯能神」(あきくいのうしの神)は、謎である。

日本書紀では(ふんどし)から「開囓神 」(あきくい神)が成っていることからして、農耕に欠かせない肥料(糞尿)を司る神ではないか?とも、、、しかし何故に古事記では「冠」に?

7番目から12番目までは、左右の腕輪から「奥津」から始まる3柱と、それに対になるように、「辺津」から始まる3柱の神々が生まれている。

住吉三神、綿津見三神、宗像三女神など、3柱セットは海に関係する神であるからして、こちらの神々もそうなのだろう。

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穢れの神と、穢れを直す神

身に着けていた衣服を脱ぎ捨て、いよいよ海へと入る。

そこで、伊邪那岐命は「海面は流れが早い。海底は流れが遅い」と言い、中ほどまで潜って禊をしました。

すると、「八十禍津日神」(やそまがつひのかみ)が成りました。 そして次に「大禍津日神」(おおまがつひのかみ)が成りました。

この2柱の神は、黄泉の国へ行ったときに身に付いた穢れから成った神です。

となれば、この「八十禍津日神」「大禍津日神」という神は、穢れそのものということになろう。

その穢れを直そうとして成った神の名は「神直毘神」(かみなおびのかみ)。

次に「大直毘神」(おおなおびのかみ)、そして「伊豆能売神」(いずのめのかみ)。

この3柱の神は、穢れを帯びた、あるいは穢れそのものの「八十禍津日神」の穢れを修正する神々である。

すなわち「八十禍津日神」「大禍津日神」が持つ強力な穢れの力は、「神直毘神」「大直毘神」「伊豆能売神」によって穢れではなくなり、穢れを祓う強力な神に変身するということだ。

よって、神社で祀られる際は「八十禍津日神」と「神直毘神」「大直毘神」をセットで祀ることが多い。

▼「八十禍津日神」「神直毘神」「大直毘神」を警固大神として祀る「警固神社」

さて、ここから禊はクライマックスへ。日本人なら誰でもご存知の有名な神々が次々と生まれるのだが、それは別の記事でご紹介しようと思う。

ありがとうございました!

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古事記

Posted by リョウ