難波神社|中央区|摂津国の総社に、浄化のパワースポットが存在した!

2018年10月3日

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難波神社 概要

難波神社は、大阪市中央区博労町にある神社である。御堂筋の、ルイヴィトンやシャネル・ジョルジュアルマーニなどがある「新町」交差点から北へ5分~10分程度の場所であろうか。

摂津国の「総社」とされ「難波大宮」または「平野神社」とも呼ばれていたらしい。

博労町は、馬や牛の仲買人たちが集まる、今で言えばカーディーラーが集まる場所もしくは自動車オークション会場といったところだろうか。

植村文楽軒がこちらの境内で人形浄瑠璃小屋を開いたため、文楽発祥の地としているようである。生國魂神社には「浄瑠璃神社」という摂社があるが、そちらは発祥の地ではないようだ。

難波神社の創建

仁徳天皇の御子である「反正天皇」が、柴籬宮(現在の松原市民情報ライブラリーの近く)に宮殿を造営されたときに、父である「仁徳天皇」を偲んで、そこに創建したのが神社が起こりとされる。

その後、943年に「朱雀天皇」の命により、大阪の大江の平野に遷座。現在の上本町と四天王寺の間であろうか。

さらに、豊臣秀吉公によって、現在地に遷座された。ここだけでなく、大阪市内の多くの神社が大阪城築城と城下町の造営によって動かされた。これが豊臣家滅亡の要因の一つかも。。。

難波神社の祭神

祭神は、前述の通り「仁徳大神」である。合わせて「素戔嗚尊」を祀っている。

難波神社のご利益

仁徳天皇のイメージらしく「平穏安寧」、素戔嗚尊のご神徳として「厄災除け」「諸願成就」とされている。

また、摂社の博労稲荷神社の存在感も大きく、かつては難波神社を「稲荷社」「稲荷神社」として記載されている古文書もあると聞く。

そういう意味では、商売の町であるからして「商売繁盛」も大きなご利益としていただけるのではなかろうか。

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難波神社 参拝記録

坐摩神社を後にして、御堂筋を南下する。途中、真宗大谷派の南御堂がある。通りの北には北御堂があり、その南北の御堂を通っている大通りであるから「御堂筋」なのだ。

かつて、飲んだあとに酔い覚ましがてらよく歩いた道である。

と、御堂筋の西側歩道を10分程度歩いただろうか。難波神社に到着する。

東の鳥居

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こちらの鳥居には扁額がない。正面玄関は南の鳥居であるから、回り込もうではないか。

正面玄関 南の鳥居

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この南鳥居の向かい側に、フェラーリとベントレーの代理店があり、スーパーな車が数台展示されている。艶やかで美しいのだ。

それはさておき、、、

手水舎

鳥居をくぐると左手に手水舎がある。

こちらの手水舎は、ちゃんとしたというか、水口・水盤・柄杓がある、極々普通の手水舎である。

豊國神社・坐摩神社の手水舎が現代風であったので、ほっとするではないか。

あまりのうれしさに撮影するのを忘れたようだ。鳥居の左に少しだけ写っている。普通であるのがお分かりいただけるであろう。

十四柱相殿神社

手水舎の向かい側、境内の南東の隅に、「十四柱相殿神社」が鎮座する。

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一つの屋根に、三つの神殿が収められており、十四柱の神々が祀られている。

左側の神殿には、「豊臣秀吉公」「菅原道真公」「楠正成公」「徳川家康公」

中央の神殿には、「豊受姫大神」「天照皇大神」「應神天皇」

右側の神殿には、「水波能女大神」「春日四柱大神」「猿田彦大神」「迦具土大神」

を、それぞれ祀っているようである。

以前は、数社に分れてお祭りしてあったらしいが、火災や模様替え等により、次第に合祀されていき、最後に(明治21年)鉾蔭神社、安邦神社の祭神を六柱相殿神社へ合祀して、現在の十四柱相殿神社となったと聞く。

境内の南西の隅には、「神池」を囲む形で庭園が設えてある。

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奥の、丸い穴の開いた石柱、遥拝所っぽい造りであるが、何であろうか。謎である。

パワースポット 金刀比羅神社

先の庭園の横に「金刀比羅神社」が鎮座する。

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こちら、前の立ったらわかるのである。力強いパワーが押し寄せてくるのが、はっきりとわかるのである。ドーンと押される感覚がある。そして脳みそが肥大するのである。

浄化のパワースポットと申し上げておこう。

さもありなん。祭神は、讃岐の金刀比羅宮から勧請された「大物主神」である。

ではご利益はというと、讃岐では「航海の安全」を守護する神とされているが、大和国一之宮である「大神神社」では、開拓開墾・国家経営などに強力なご神徳をお持ちだとしている。

是非、会社経営や新規事業・新規プロジェクトなどに携わる方は、都心で参拝しやすい立地でもあるので、是非とも訪れて頂きたいパワースポットである。

大物主大神を祀る「大神神社」の記事はコチラ!
➡ 「大神神社」① 霊能者がパワーを充電するために訪れるという最強のパワースポット。

本殿の左横に、ひときわ華やかな「博労稲荷神社」が鎮座する。博労稲荷神社

赤字の扁額。綺麗である。

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のぼりの数がすさまじい。さすがは商人の町である。

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かつては、難波神社の代名詞とも言われた「博労稲荷神社」である。

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江戸時代から明治にかけて、ここらあたりの豪商たちが、こぞってお詣りしていたんだろうと思うと、あやかりたいという欲望にかられるのだが、謙虚に参拝しようではないか。

拝殿・本殿

いよいよ、本丸への階段を上るのである。

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拝殿・本殿は、大阪大空襲で焼失したため、コンクリート造りである。

階段途中の三角の印は、「神域であるから、ここに座り込むな!」という意味のアラート。

新宿の花園神社もよく似た立地だと思うのだが、このようなアラートはされていなかったと記憶する。さすがは大阪だ。

 

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さて、私の前で2名の若いOLさん(会社の制服を着ていたので、きっとOLさん)が熱心に祈願されていた。

そして祈願されたあと、私が待ってることに気が付いた彼女たち、「お待たせしました~!」と言って会釈をしてくれたのである。

誤解のないように申し上げておくと、若い女性から言われたからうれしいというわけではないのである。「日本人。まだまだ捨てたもんじゃないな」と思ったからである。

若い女性だったから、余計にうれしかっただけである。嬉しさが20%ぐらい増加したぐらいだ。

というわけで、拝殿前に進み、二礼二拍手。天津祝詞。一礼。

いい、参拝であった。

ありがとうございました!

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