熱田神宮④|愛知|創造の神が降臨する場所「内天神社」が、熱田神宮最強のパワースポットだ!

2018年9月3日

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前回の続きです。

森の主「こころの小径の大楠」を後にして、次に向かうのは「御田神社」である。

御田神社

祭神は「大年神」(おおとしのかみ)。五穀豊穰の守護神である。大年神の「年」の字には、穀物、特に穂が稔るという意味があるらしい。

農耕民族の日本人にとって、「清水社:罔象女神」「御田神社:大年神」は、何よりも大切な神様であったことは、想像するに難くない。

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熱田神宮では、祈年祭と新嘗祭に奉る神饌は、まず烏に食べさせる信仰が残っている。祭員が「ホーホー」と烏を呼びながら、御供(ごく)を土用殿の屋根の上に投げ上げる。これを「烏喰の儀」という。

かつては、各地に「御烏喰神事」とか「鳥喰神事」と言われる信仰が広がっていたようだ。

これは、烏が稲穂をもたらしたとする「穂落神話」に対応するもので、烏にその功績に報いるために初穂を食うことを許したものが神事として定着したとする説や、山の神や田の神など神様への供物を捧げるために、神の使いとしての鳥に食べさせることが目的であったとする説などがある。

龍神社

御田神社から少し南に歩くと「龍神社」がある。

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祭神は、「吉備武彦命」(きびたけひこのみこと)、「大伴武日命」(おおともたけひのみこと)。日本書紀によると、景行天皇の命令によって、日本武尊の東征に従軍した神々とされている。

「吉備武彦命」の娘「吉備穴戸武媛」(きびのあなとのたけひめ)は、日本武尊の妃である。よって、義理の父になる。

土用殿

龍神社と清水社の間から坂道を登る階段がある。そこを登ると「土用殿」がある。

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現在の位置は神楽殿の裏だが、かつては、本宮の玉垣内にあり、本宮の隣に並ぶように建てられていたようだ。というのも、もともとは「草薙神剣」を奉安した御殿なのだ。

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六末社エリアでパワーを浴びよう

「こころの小径」をあとにして、最後に残しておいた、末社がずらりと並ぶ「六末社」があるエリアへ行こうと思う。昨年の夏にも熱田神宮を訪れたのだが、その際に、何故だかこのエリアに魅かれたのだった。

新築された「神楽殿」の正面から南に延びる「裏参道」を進むと、その道沿い左手、並木の後ろに見えてくる。

※「六末社エリア」とか「裏参道」は、私が勝手に命名したもので、公式な名称ではないですよ。あしからず!

六末社

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日本武尊や尾張国造に関係する神々を祀っている。画像手前から(北側から)

乙子社(おとごしゃ)・・・祭神:弟彦連
先代旧事本紀の尾張氏系図では天香語山尊の14世孫にその名がある。その父は応神天皇の御代、大臣として仕えたようだ。なぜ、14世孫だけが祀られているのだろうか。この乙子社だけが、他の五社にくらべて高さも幅も大きい。きっと尾張国に大きな功績を残した神なのだろうと想像する。
姉子神社(あねごじんじゃ)・・・祭神:宮簀媛命
熱田神宮の創建者。本宮の相殿神として祀られている神。日本武尊の妃である。現代では「親分肌の女性」に対して使われる言葉「あねご」とは「未亡人」という意味らしい。
今彦神社(いまひこじんじゃ)・・・祭神:建稲種命
本宮の相殿神として祀られている神。宮簀媛命の兄で、蝦夷征伐に副将として従軍し、日本武尊を大いに支えた神である。先代旧事本紀の尾張氏系図の12世孫にその名を見ることができる。
水向神社(みかじんじゃ)・・・祭神:弟橘媛命
忍山宿禰(物部氏の正統:穂積氏の祖)の娘で、日本武尊の妃の一人である。日本武尊の東征に従軍。横須賀あたりで海が荒れ一行の船が立ち行かなくなったとき、自ら海に飛び込み荒れる海を鎮めたという。
古事記では「妃」なのだが、日本書紀では「妾」にされていた。穂積氏は抗議文を朝廷に送ったらしい。
素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)・・・祭神:素盞嗚尊
天照大神の弟で、草薙神剣をヤマタノオロチの尾から取り出した神である
日長神社(ひながじんじゃ)・・・祭神:日長命
この、日長命がよくわからない。宮簀媛命の弟ということである

姉子神社の宮簀媛命と水向神社の弟橘媛命。いずれも、日本武尊の妃である。日本武尊は弟橘媛命を東征に随行させた。畿内からずっと共に旅をしてきたわけである。よっぽどのお気に入りだったのだろう。

尾張に立ち寄った日本武尊は宮簀媛命と婚約したが、それを見ていた弟橘媛命はどう思たのだろう。蝦夷征伐に弟橘媛命を連れて行った時、宮簀媛命はどう思っていたのだろうか。

そして今ここに、横並びで祀られることに対して、両神はどう思っているのだろう。

1900年以上前の出来事ではあるが、思うと切ないものがあるのだが。。。

神が降臨する場所? 謎のパワースポット「内天神社」

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さて、六末社の北隣に「内天神社」がある。祭神は少彦名命。医薬の神様として祀られている。

少彦名命
大国主命の参謀的存在。非常に頭のいい神であったのだろう。そういう意味では学問の神様にも通じるところはある。日本書紀では高皇産霊神の御子、古事記では神皇産霊神の御子とされている。医薬、酒造、温泉の神として祀られることが多い。いずれも、長寿・病気平癒のご神徳といえよう。

社殿は無い。賽銭箱もない。一見すると「祓い所」である。

扉の前で、二礼二拍手一礼。ここ、来ます左斜め上から風が吹く。瞼を閉じているのに明るい。いつもの脳みそが肥大する現象は起こらないが、もっと清らかな印象の気が前方から押し寄せてくる。

間違いなく、パワースポットである。いつまでもここに居たいと思わせる空気である。

しかし、この内天神社は、よくわからない神社である。公式HPの境内案内に説明がない

説明が無い摂末社は「内天神社」と「一之御前神社」の2社のみ。「一之御前神社」が極めて重要な神社であるから、「内天神社」もそうなのではないか?などと余計に気になるのである。

いずれにしても、違和感を感じるところには何かが隠されているものである。

大変失礼なことではあるが、垣内を撮影させていただいた。

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2本の木の間をご覧いただきたい。神域の中央が光り輝いているではないか。たまたまかもしれないが、この光景を目の当たりにすると、神様が降臨する場所のように思えてならない。この光の柱の中に神様がいらっしゃるかも、などと想像してしまう。。。

思えば「天神社」。奈良の最強パワースポットと謳われる「石上神宮」にも「天神社」が存在する。石上神宮内で私が感じた中でも一二を争う強烈なパワーを発していたのが、その「天神社」なのだ。で、その祭神はというと、菅原道真公でも少名彦名命でもない。

なんと「高皇産霊神」と「神皇産霊神」である。

熱田の「天神社」には、その御子とされる「少彦名命」が祀られているのだ。もしかすると創造の神々が降臨する場所なのかも。いや、天之御中主神が。。。さらに想像すると、この地中に草薙剣が隠されているのかも。。。妄想である。聞き流して頂きたい。

大幸田神社

隣の「内天神社」で最高潮に達してしまった私は、こちらの撮影をすっ飛ばしてしまったようである。

祭祀は、「宇迦之御魂神」(うかのみたまのかみ)。五穀をはじめ食物を司る神であり、全国の稲荷神社に祀られる神の大半は「「宇迦之御魂神」もしくはその別名の神であろう。「田に大きな幸福」をもたらすという社名がなんともわかりやすい。一説には「福の神」すなわち富貴栄達を祈る神様と言われているようだ。

熱田神宮を参拝して

4回にわたって熱田神宮の参拝記録をご紹介させていただいたわけだが、調べるに、調べるほどに、謎の多い神社であると感じた。

「熱田大神」=「天照大神」であるとしたことで、整合性がとれなくなっている部分があるように思えるのである。例えは悪いが、一旦嘘をつくとバレないように嘘の上塗りをしていかないといけなくなる。そういう印象を持ってしまうのである。

「熱田大神」を「日本武尊」に置き換えたり、あるいは「日本武尊&宮簀媛命」に置き換えると、しっくりくる。

決して、天照大神をないがしろにしているわけではない。熱田の地・熱田の歴史を考えたときには、ということである。

そして、熱田神宮はまぎれもなくパワースポットであるということも最後に記しておきたい。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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